Luna’s Photo Essay

🇬🇧London COLUMN

March, 2026

Mar 05, 2026 / CULTURE

偶然から生まれる奇跡的な瞬間は、一瞬にして深く心に刻まれる。ロンドン在住のフォトグラファー、ライターの山田ルーナさんに、日常のワンシーンをシャッターに収めてもらった。日本では見ることのできない景色を届けてもらう、新連載「Luna’s Photo Essay🇬🇧London COLUMN」が今月からスタート。
やさしいムードのなか確かな生命力が感じられる写真に、心が温まり時に勇気づけられる言葉を添えてもらい、海を越えロンドンから幸せをお裾分け。大切にそっと心にしまっておきたくなるような、特別な感情に出合えるかも。

PHOTO&TEXT_Luna Yamada
EDIT_Mizumo Uehara(PERK)

PROFILE

山田ルーナ/フォトグラファー、ライター

@ymdluna
4歳から音楽の奥深さに触れ、大学生までクラシックピアノに傾倒。その後、趣味だったカメラの腕をストリートスナップで磨き、ポートレート撮影を中心に本格的に始動。“本当にやりたいこと”が見えてきた今、潔い方向転換を遂げ、2025年春からロンドンに拠点を移す。フォトグラファー、エッセイやコラムを中心に執筆を行うフリーランスライターとして活動している。

たまにはスマホに頼らず出かけたい。知らない角を曲がり、知らない風景に出合ってみたい。流行りじゃなくても好きな服を着て、こっちだと決めた方へと走る。画面では得られない実感が、私たちにはいつだって必要なのだ。

アフタヌーンティーの贅沢は、終わりがけの時間。テーブルの上を動く手が次第にゆっくりになって、おしゃべりが心地よく止まって、BGMが聴こえてくる。「この曲が好きなこと覚えていたいな」と思いながら、最後のひと口を飲んだ。

(左)なんでもない時間を誰かと過ごす素晴らしさを知ったのは、たぶん大人になってから。気持ちのいい晴れた日には、外で会おう。そうして、それぞれ好きなことをしよう。いつもの公園が、魔法みたいに光って見える。
(右)もう思い出せない表情。もう思い出せない匂い。思い出せないけれどもそこにあるたくさんのもので、今の私はできている。太陽を背に振り返る少女に、幼い自分が重なった。あの頃と今を同時に生きているような気がした。

たくさんの願い事が、水面を揺らす。投げ入れたコインは、キラキラと太陽を受ける水色の向こうで緑色に沈み、どれが自分のものだかすぐに分からなくなってしまった。隣では満足そうに笑う人。もう願いが叶ったようないい日。

自分を甘やかすときは、異国のお菓子くらい甘くてちょうどいい。やりすぎなほどの、とびきりの甘さも、たまになら。緩急をつけて自分を労わることは、頑張る大人の特権なのだ。

(上)風が吹いて、葉っぱが飛んで、2人はそのなかに立っていた。いい空気感。それはたぶん、お互いのどこかに触れていなくたって、しっかり繋がっている、みたいなこと。私はそういう2人組に憧れている。
(下)チャーミングな人でありたい。でもそれってどういうことだろう? 例えば、“目の前の人に心を開いている”ということかもしれない。自分をよく見せようとしないことかもしれない。旅先のピースサイン、チャーミングな人。

Essay #1


 明かりのついていない飛行機の中で、ひとり夢と現実の間にいる。久しぶりのロングフライトであまりよく眠れない。イギリス時間ではまだ深夜だが、閉じた窓の隙間から漏れる眩しさに、そこはもう朝であることを知った。
 細い光が奇跡みたいにきれいで、穏やかに寝息を立てる隣の人を気にしつつ、そうっとシャッターを切る。そして私は、今見ているものはきっと写っていないのだろうな、と寝ぼけた頭で考え、それでいい、とも思った。
 写真に写らない美しさを、やはり私は信じていたい。しかし同時に、写真を撮ることを続けたいと願う。その瞬間確かに動いた感情は、シャッターを切るとき、私だけの感情ではなくなるんじゃないかと思うから。
 いつか誰かと包まるためのパッチワークを縫うように、写真を撮る。ひとり旅はつづく。