Luna’s Photo Essay
🇬🇧London COLUMN
Jul 02, 2026 / CULTURE
誰でも出合いうる偶発的に生まれる幸せなできごとも、心に隙間がないと新しい感情や気づきを得られない。ロンドン在住のフォトグラファー、ライターの山田ルーナさんに、日常のワンシーンをシャッターに収めてもらった。日本では見ることのできない景色を届けてもらう、連載「Luna’s Photo Essay🇬🇧London COLUMN」。写真から夏の照りつける日差しを感じ、思わずこれからの季節が待ち遠しくなってくる。不思議と湧いてくるこの高揚感は夏のせいなのか。鮮やかな色彩に心躍らせ、感情もポジティブに染めていこう。
PHOTO&TEXT_Luna Yamada
EDIT_Mizumo Uehara(PERK)

PROFILE
山田ルーナ/フォトグラファー、ライター
@ymdluna
4歳から音楽の奥深さに触れ、大学生までクラシックピアノに傾倒。その後、趣味だったカメラの腕をストリートフォトで磨き、ポートレート撮影を中心に本格的に始動。“本当にやりたいこと”が見えてきた今、潔い方向転換を遂げ、2025年春からロンドンに拠点を移す。フォトグラファー、エッセイやコラムを中心に執筆を行うフリーランスライターとして活動している。


おしゃれをすることが好きだ。おしゃれをしている人を見るのも好き。
「あなた素敵ね」って伝え合うことはもっと好きで、そういう様子を眺めることも大好きだ。


この緑も、空の青も、2人には同じように美しく見えているのだろう。
そしてきっと、その感想をあえて話し合ったりはしないのだろう。
並んで座ること、同じ方向を見つめることが、とても自然に思えた。


光には、やわらかい光もあれば、硬い光もある。ロンドンの夏の日差しは硬い。
私には強すぎて、たまに疲れるけれど、そういう時はくっきりと落ちる影の美しさに目を向けたいと思う。


意味のない短い動画を撮ることがある。
誰にも送らず、どこにも載せず、たまにひとりで見返すためだけに。ほんの数秒心が動いたという事実に、未来の自分は救われたりする。


“おいしい食事”を作るのは、一緒に食べる人である。
艶々としたオリーブが食事の最初から最後まで、私たちの会話を嬉しそうに聞いていた。


目が合うたび“Thumbs up”をしてくれる知人がいて、私は結構元気をもらっている。
ポジティブにいこう、たまにはひとりで親指をあげてみたっていいじゃないか。


どうやら捨てられているわけではなさそうな、けれども持ち主のない椅子。
不思議と寂しそうではない。用途にとらわれず、置かれた場所で、のびのびと。


雲がゆっくり流れて、波が現れては消えて、向こうに地平線が溶けていく。
すべての心配事から守られているみたいな気持ちになって、誰かのことを、私も守ってあげたくなった。

Essay #5
つい数日前、今のところ人生でいちばんの出来だと思えるポートレートを撮影した。被写体は15年来の友人。自分が撮ったからこそ彼の表情を引き出せたのだと思ったし、その表情の向こうに、自分自身さえも見えてくるような気がした。写真に限らず、親しい相手との対話において、そういう瞬間はたまにやってくる。相手の言葉の中に自分の考えを見出したり、その眼差しに価値観を重ねたり。そしていい関係であればあるほど、そこに潜む自分は常にやわらかく変化し、これまでと今とこれからを自在に行き来できる。誰かと一緒に生きるということは、共に暮らすということに限らず、人の中に自分が生き、そして自分の中で人が生きていくということなのかもしれない。互いの中に互いが生きているような人と離れることは、寂しくないな。友人の中に在る自分を想い、たっぷりと満たされた、とりわけ暑い夏の日のこと。

Luna’s Photo Essay🇬🇧London COLUMN 一覧
