MY CULTURE
〈KANAKO SAKAI〉デザイナー
Mar 27, 2025 / CULTURE
スタイルのある女性に聞く
愛しのカルチャーヒストリー


マイスタイルを謳歌する“INDEPENDENT GIRL”は、これまでどんなカルチャーに触れ、自身のアイデンティティにどんな影響を与えられてきたのか。連載第37回目となる今回は〈KANAKO SAKAI〉のデザイナー·サカイカナコさんに、谷崎潤一郎のエッセー、乳房にまつわる文化史、RCサクセションによるあの名曲のカバーソングといった3つの作品について話してもらった。
PHOTO_Shunsuke Kondo
TEXT_Mikiko Ichitani
EDIT_Yoshio Horikawa (PERK)

PROFILE
Kanako Sakai
サカイカナコ/日本の大学を卒業後にニューヨークへ渡り、2017年パーソンズ美術大学を卒業。いくつかのブランドを経て21年に独立。自身のブランド〈KANAKO SAKAI〉を立ち上げる。毎シーズン国内の生地の産地に足を運びリサーチしながら、熟練した職人の手仕事のよさを現代的なデザインに落とし込み発信している。
https://kanakosakai.com/
@kanakosakai_official
ものづくりの基盤となった
アイデンティティと反骨精神
乳房から考える社会と個人の価値観
2023年10月、キム·カーダシアンが手がけるアンダーウェア&ラウンジウェアブランド〈SKIMS〉が、「究極の乳首ブラ」というセンセーショナルなアイテムを発表したことをきっかけに、“胸”という女性の象徴とも言えるモチーフに興味を抱いたというサカイさん。
「この本では乳房に焦点を当て、女性が世界や社会からどのように扱われてきたのかを考察しています。ただ女性についている体の一部なのに、エロスや堕落の象徴として扱われたり、乳幼児にとっては母性や育てるもの、時に医学的には病気の対象で、政治的には管理される対象となったり、そのどれもが持ち主である女性個人のものではなく、男性や社会によって評価、定義をされてきたという事実がユニークだなと感じました」

「時代や社会によって価値観が変わって、大きい乳房が女性的で価値があるという風潮があったりしたかと思えば、胸を強調すると知性が損なわれると非難されたり。移り変わる意見のなかで、女性たちはそれらが正しいと信じ込まされてきたという事実にハッとしました。同時に、私自身は女性として生きてきて、自分の意思で決定したことがどれだけあるんだろうとも考えさせられました。人生の選択や日々の消費、政治や宗教など、自分で選んできたように思ってもその時代時代の考え方に流されたり、そこに反発して選んでいたり。自分自身で人生の選択をしていると思い込んでいても、実際はどうなのかという気付きを得ました」

古来から、さまざまな意味を与えられてきた女性の乳房。乳幼児を養うもの、男性によって愛撫されるもの、芸術家にインスピレーションを与えるもの、法規制によって隠蔽を義務付けられるもの、そして女性自身のもの。乳房を所有しているのは誰なのか? という問題など多様な視点が浮かび上がる。各種の社会体制や欲望の対象になってきた乳房を、古代から現代に至るまで総覧する文化史として興味深い一冊。
発行元: リブロポート トレヴィル
「昔から女性的な話題が苦手で、女友達と話していても少し距離を置いていたんです。ファッションにおいても、ボディラインを強調するようないわゆるキム·カーダシアン的なスタイルとは真逆なタイプ。以前読んだ草間彌生の本の中に、彼女が男根恐怖症を克服すべく、膨大な男根のモチーフを作って作品に昇華したという話があって、ショック療法じゃないですけど私も一度向き合ってみようと思ったんですよね。そこで発表したのが、2024-25年秋冬コレクションでした。50年代に流行ったコーンブラなどをモチーフに、それまで私が苦手だと感じていた“女性性”と向き合うコレクションを作ろうと試みました」
愛を持って語り継がれる、普遍の名曲
次に、サカイさんが特別に思い入れのある音楽として挙げてくれたのは、故·忌野清志郎が自身のライブでカバーしたジョン·レノンの名曲「イマジン」。ブランド初のランウェイショーとなった2024年春夏コレクションの客入れのBGMとして、RCサクセションの「よォーこそ」を流したことも話題に。サカイさんは、忌野清志郎というアーティスト、そして彼が歌う曲のどういう部分に魅せられたのだろう。
「昔から反骨精神のある人に魅力を感じます。忌野清志郎は、まさにその代表格のような人。20代前半の頃に、ザ·ブルーハーツにハマっていた友人とYouTubeを観ながら作業をしていたら、ふと関連動画に彼の映像が出てきて。楽曲はもちろん、その世界観や人間性に惹かれてどんどん好きになりました。
「オリジナルを独自の日本語歌詞で歌ったこの曲は、音源よりもこのライブ映像が好きで何度も観ているのですが、コーラスの部分で繰り返す『僕らは薄着で笑っちゃう ああ 笑っちゃう』という歌詞が特に印象に残っています。自分の無力さに打ちのめされても、『違う 一人ぼっちじゃない』と力強く歌う清志郎にこれまで何度も励まされました。もともと反戦の曲というイメージが強いけれど、それだけじゃない。彼の歌にはとびきりの愛とユーモアがあるし、生きること自体について考えさせられる曲だと思います」
日本が誇る美意識を投影したものづくり
日本が世界に誇る文化とものづくりの技術を、世界に発信していくことをミッションにクリエイションを続けてきたサカイさん。そんな彼女にとって、学生時代に出合った谷崎潤一郎の美学は自身のクリエイティブにおいて一つの軸となっているという。
「この『陰翳礼讃』を読んだのは確かニューヨークに留学していた頃。欧米の文化に揉まれながら、自身のアイデンティティを模索していた当時の私にとって目から鱗という感じで。私が日本で生まれ育つなかで漠然と抱いてきた日本の美意識の本質を言語化してくれたような、師と仰ぎたくなるような衝撃がありました」

可能な限り部屋の隅々まで明るくし、陰翳を消すことに執着してきた西洋の文化。その一方、いにしえの日本ではむしろ陰翳を認め、それを利用することで陰翳の中でこそ映える芸術を作り上げたのであり、それこそが日本古来の美意識·美学の特徴だと主張する文豪·谷崎潤一郎による随筆。日本的なデザインを考えるうえで、国内外に多大な影響を与えている。
発行元:中央公論新社
「海外ではいつの時代も〈コム デ ギャルソン〉や〈イッセイミヤケ〉、〈ヨウジヤマモト〉が不動の人気を誇っていますけど、それらのブランドに共通するのは日本の美意識をしっかりとデザインに落とし込んでいることだと思うんです。西洋発祥の“ファッション”という文化のなかで日本人として生き残るためには、自身のルーツを強みにしないと相手にしてもらえないんじゃないかという考えが、当時の経験やこの本から受けた影響によって〈KANAKO SAKAI〉というブランドに色濃く表れていると思います」

現在店頭に並んでいる2025年春夏コレクションでも、そのコンセプトはしっかりと打ち出されている。江戸時代の絵師たちによる「源氏物語図屏風」という平安時代のモチーフを、〈KANAKO SAKAI〉ならではの日本の伝統技術によって軽快に昇華させたアイテムたち。そのこだわりについても教えてもらった。
「今シーズンは日本としてのアウトプットの仕方を変えてみました。今までも藍染めなど、さまざまな伝統技術をベースにものづくりをしてきましたが、どうしてもショーピース的になってしまい、なかなか店頭に並べることが難しかったので。今回ブランドとしては珍しくプリントに挑戦しました。スパンコールにプリントを施したり、箔プリントという特殊な技術を使用して柔らかい手触りと独特な光沢感を持ち合わせたTシャツだったりと、さまざまなアイテムに落とし込みました。日本の美意識や技術を継承していくという大義名分があるというよりは、シンプルにその歴史や作っている人、その土地の空気感が好きなんです。私が純粋にいいなと思うものが、服やブランドが発信するコンテンツを通して伝わったらいいなという気持ちでこれからも続けていきたいです」