Luna’s Photo Essay

🇬🇧London COLUMN

November, 2026

Nov 06, 2026 / CULTURE

誰でも出合いうる偶発的に生まれる幸せなできごとも、心に隙間がないと新しい感情や気づきを得られない。ロンドン在住のフォトグラファー、ライターの山田ルーナさんに、日常のワンシーンをシャッターに収めてもらった。日本では見ることのできない景色を届けてもらう、連載「Luna’s Photo Essay🇬🇧London COLUMN」。『私は自分の好きなものごとを、当たり前のこととして大切に生きるべきなのに、どうして特別に感じてしまっているのだろう? 』この言葉から何を感じ、どう受け止めるかは人それぞれ。けれど、何度も読み返すうちに、いつしか自分自身の生き方や価値観に重ね合わせ、静かに問いを投げかけた人も少ないはず。今月もロンドンの日々のなかで見つけた愛おしい瞬間を写真と彼女らしい言葉で収めてくれた。

PHOTO&TEXT_Luna Yamada
EDIT_Mizumo Uehara(PERK)

PROFILE

山田ルーナ/フォトグラファー、ライター

@ymdluna
4歳から音楽の奥深さに触れ、大学生までクラシックピアノに傾倒。その後、趣味だったカメラの腕をストリートフォトで磨き、ポートレート撮影を中心に本格的に始動。“本当にやりたいこと”が見えてきた今、潔い方向転換を遂げ、2025年春からロンドンに拠点を移す。フォトグラファー、エッセイやコラムを中心に執筆を行うフリーランスライターとして活動している。

旅先の朝。まだコンタクトもつけていない目で、よく見えないファインダーを覗いて、シャッターを切った。

永遠じゃないものばかり、愛おしくなるな。 使い捨ての透明にも、光はちゃんと反射している。

どの窓もかわいい。住んでいる人も気づいているかな、自分の部屋が素敵ってこと。

写真展。私の好きな写真の前で、靴が止まった。 さっきの私と同じ顔をしている気がする。

街角で見かけたご機嫌なおばあさん。歳を重ねるほどに、あたらしい発見のある人生だったらいいね。


思いもよらない組み合わせを見つけると誰かに教えたくなる。
煙草の横の栗、誰が持ってきたんだろう。

影がふたつ。私は私といるから、一人旅だってぜんぜん寂しくないのだ。

黄色い葉っぱは、黄色い車に積もって、ちょっと得意げ。冬の前の、いっしゅんの色。

Essay #9

 旅先で目覚めた朝。やけにきれいな色の光をベッドからぼんやりと眺めながら、私はしあわせを感じていた。旅行に出ようと思い立ったのが二日前。おいしいものを食べて、ワインを飲んで、お湯に浸かって、よい音楽を聴いてたくさん眠ろう。そう思って、一泊二日の旅にやってきたのだ。舌にも耳にも、そして皮膚にも、昨日の充足感が残っている早朝。生活の余白ってやっぱり必要だよな、そんなふうに考えてすぐ、なぜ余白なのかと問い直す。これこそが生活であり、余白などではないはずなのに。私は自分の好きなものごとを、当たり前のこととして大切に生きるべきなのに、どうして特別に感じてしまっているのだろう? そう気がついたら、光がなおさら美しく感じられて、まだコンタクトもつけていない目で、よく見えないファインダーを覗いてシャッターを切った。生活こそを温かな色で満たそう。おいしいものも、よい音楽も。十分な睡眠も身体の巡りを整えることも、私は余白に追いやりたくない。いま冷蔵庫には、旅先で買ってきたワインが冷やされている。いつ開けたっていい。明日も生活をする。すべてはそこからしか生まれないのだから。

Luna’s Photo Essay🇬🇧London COLUMN 一覧