MY CULTURE

#40 小田原愛美/
アーティスト、イラストレーター

Jun 26, 2025 / CULTURE

スタイルのある女性に聞く
愛しのカルチャーヒストリー

自分らしい価値観や気分を大事にする“INDEPENDENT GIRL”は、これまでにどんなカルチャーから刺激を受け、自身の考え方などに影響を与えられてきたのか。PERKの数あるコンテンツのなかでも、いちばんのご長寿連載「MY CULTURE」。40回目はイラストレーターの小田原愛美さんに、グラムロック・ミュージカルの映画化作品『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』、イタリア人アーティスト、ブルーノ・ムナーリの展覧会図録、GRAPEVINEのアルバム『Circulator』をレコメンドしてもらった。

PHOTO_Shunsuke Kondo
TEXT_Mizuki Kanno
EDIT_Yoshio Horikawa (PERK)

PROFILE

Aimi Odawara

スマイルに代表されるミニマルなモチーフを、独特な色彩と皮肉のきいたユーモアで描くアーティスト。イラストをはじめコラージュや陶器など、多彩な方法で作品を制作する。〈I&ME〉のディレクターとデザイナーを務め、自身のアートワークを落とし込んだアパレルも展開。企業やファッションブランドとのコラボレーション、作品集の出版、「渋谷PARCO」での個展など、さまざまな活動で注目を集めている。2025年11月22日(土)から30日(日)まで表参道のギャラリースペース「MAT」にて、また12月2日(火)から25日(木)まで「六本木 蔦屋書店」にて個展を開催予定。
http://www.aimiodawara.com
@aimiodawara
@iandme_jp

直感が導く、感性を刺激する作品たち

その時々の自分を測る、心象のスクリーン

 「落ち込んでいる時に出合った作品で、その当時すごく助けられたんです」。そう話す小田原さんが、2001年に公開された映画『ヘドウィグ·アンド·アングリーインチ』を初めて観たのは10年ほど前のこと。その世界観の虜になり、これまでに300回以上(!!)は鑑賞したという。観る時々の精神状態によって印象的なシーンが変わる、いわゆる心のバロメーター的な作品なんだそう。
「場面ごとに衣装やメイクがガラッと変わって、とてもかわいいんです。あとは、劇中にイラストが出てきて、絵だけで表現されているシーンもあったりするんですけど、それもとても好き。もともとミュージカルが映画になった作品ということもあって、作中ではカントリーからロックまで幅広い音楽が流れるので、とても元気になるんです。本当に何回も観ているから、観返すたびに今の自分の状態に合わせて、感動するシーンや笑えるところが毎回変わるんです。ちなみに昨日も観ました(笑)。今はいい意味で、作品との距離感が生まれているなと感じています」

『ヘドウィグ·アンド·アングリーインチ』
1998年からオフ·ブロードウェイで上演されロングランを記録したロック·ミュージカルを、2001年に監督自ら映画化。東西冷戦時代に性転換手術を受けて東ドイツからアメリカへと渡ったヘドウィグ。手術のミスで残された“怒りの1インチ”に苦悩する孤高のロックシンガーが、愛と幸せを探し求める姿を描く。
監督·脚本·原作戯曲·主演/ジョン·キャメロン·ミッチェル 出演/マイケル·ピット、ミリアム·ショア、セオドア·リシンスキー、ロブ·キャンベルほか

 映画が好きで、特にホラー作品への愛情はひとしおだという小田原さん。自宅にはたくさんのB級ホラー映画のDVDがラックに並べられているほか、ファニーなゾンビやクリーチャーたちも顔を揃える。彼女の作品から漂うポップでキュートな世界観の中に見え隠れするアイロニーな雰囲気の原点は、ここにあるのかもしれない。
「子供の頃から、ちょっと気持ち悪いものに心がときめくんです。昔はよくゾンビの絵も描いていました。先日、久しぶりに映画館に行って『サブスタンス』を観たのですが、やっぱり最高でしたね」

アイデアの源泉から、制作の原点を見つめ返す

 イタリアの美術家であり、グラフィックデザイナー、プロダクトデザイナー、教育者、研究家、絵本作家など、多彩な顔を持つブルーノ·ムナーリ。彼の個展を観に行った際に購入したという図録は、制作に行き詰まった時にひらくとアイデアが浮かび上がってくるのだという。
「この作品は紙に丸い穴を開けて、その穴を利用して絵が描かれていて。こういう何げないアイデアに触れると、子供の頃に先生に褒めてもらったことを思い出すんです。小学校低学年の頃に授業でアルバムを作る機会があって。私は紙の質感を出したくて、ハサミで切らずに手でちぎって飾っていたら、先生に『あいちゃんはアイデアマンだね』って言われたんです。それが嬉しくて今でも記憶に残っているんですが、行き詰まった時にこの図録をひらくと、そういった自分の制作の原点を思い出させてくれます」

『BRUNO MUNARI』
イタリアを代表する芸術家でデザイナー、ブルーノ·ムナーリの2018年に世田谷美術館で開催された展覧会公式カタログ。彼の全生涯にわたる作品、およそ300点を掲載した全384ページの圧巻のボリューム。国内外の有識者によるテキストも読み応え十分。小田原さんは「制作に行き詰まった際にページをめくる」と話す。

 ブルーノ·ムナーリ以外にも、小田原さんは気になるアーティストの個展に足を運んでは、そこで直感的に「いいな」と感じたもののみを吸収し、それが無意識のうちに自身の作品に影響を与えているという。彼女が生み出す独特の配色もまた、これまでのインプットで培った感性から生まれているそう。
「最近、自分の色の組み合わせを『いいな、私の持ち味だな』って思うようになって、意識的に集めています。でも、学生の頃はあまりほかの人の作品を見ないようにしていたんです。無意識のうちに似ちゃう気がして。自分自身も、人からマネされるのが本当に嫌だったので。でも最近は、いい部分だけを吸収するみたいなことができるようになった気がしています」

無意識のうちに磨かれた研ぎ澄まされた直感力

「当時の私がCDジャケットに惹かれて選んだ一枚です。どんなところにハマったのかを言語化するのはなかなか難しいんですけど、直感的に刺さったんだと思います」
 小中学生の頃、お父さんとタワーレコードに行って“ジャケ買い”をしていた小田原さんがセレクトしたのは、GRAPEVINEの『Circulator』。結果的にこのアルバムが、これまでの人生のなかで何度も繰り返し聴いている作品になったんだとか。
「4曲目の『風待ち』がいちばん好きかな。雨の日のバスに乗っている時に聴くといいんですよね。いまだに色褪せないです。このCDを買った当時、青森の父の実家に帰る車中でよく流していて、反抗期だったので父と話したくなかったんですよね(笑)。その頃の自分を思い出します」

『Circulator』GRAPEVINE
2001年リリースされた、3ヶ月連続リリースの第3弾にして通算4枚目のアルバム。バンド史上もっとも色鮮やかで、もっとも奥行きのある作品として、今なおファンから根強く支持されている。ロックバンド的なアレンジを随所に感じさせつつも、ところどころにJ-ROCKらしいメロディを乗せる。「壁の星」、「風待ち」など全13曲を収録。

 昨年、出産を経て母となった小田原さん。その制作の可能性は、今、無限の広がりを見せている。
「子供の面倒を見ながら作品を作っているので、あまり大きく広げて描くことができなくて。ただそれが逆にコラージュみたいになって、いい作品が集まってきたなと思っています。次の個展で発表する予定です」
 子育てという新たな環境が、彼女の創造性にどんな影響を与えているのか。この先に控えている個展で披露される作品が今から待ち遠しい。

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