My culture_BOOK
Jun 11, 2020 / CULTURE
巧みな表現美で読者を引き込む
インスピレーションの源
現代ヨーロッパを代表するイタリア人作家アントニオ・タブッキが紡ぐ、ポルトガルの島々を舞台にした物語。いくつもの比喩を重ねながら編まれた、流麗な文体にも注目。
映画や音楽、本にアートといったカルチャーを、『PERK』が注目するINDEPENDENT GIRLがリコメンド。今回はアートを中心とした執筆を手がけるライターの肥髙茉実さんに、「洗練された文章に心を掴まれた」という一冊を紹介してもらいました。
EDIT&TEXT_Yuka Muguruma(PERK)
多摩美術大学を卒業後、さまざまな雑誌や広告などで執筆するライターの肥髙茉実さん。幼少期から言葉に興味を持ち、将来は言葉に関わる仕事をしようと心に決めていたそう。
「幼稚園に通っていた頃から本や辞書を書き写して遊んでいたほど、言葉の持つ力に惹かれていて。高校でデザインを学んだ後は多摩美の絵画学科に進学し、在学中は言葉を取り入れたアートを中心に制作していました。大学三年の頃からはいろんな角度から言葉に向き合うため、アートだけでなくライターやコピーライターをしつつ、時々芸術評論の編集もしています」
そんな彼女が初めてこの本と出合ったのは、海外文学にハマり始めた大学3年生の頃。隠喩を繰り返すことで、目の前にはっきりと情景を想起させるような文体に魅了されたという。
「この作品には、ポルトガルの西方に浮かぶ島々を舞台にクジラや海、その周辺の自然が生き生きと描かれています。私は島国に生まれ育ったからなのか、幼い頃から海や島、船といったモチーフに関連付けて物事を考えたり、論じたりすることが多くて。そういった描写に長けた文章を探している時に、偶然出合った本なんです。『最初に出合った島は、海から見ただけではいちめんの緑に覆われているから。ときによってその内がわに名も知れない真紅の羽毛の島とほとんど見分けのつかない果実が、まるで宝石のように煌めいていることに僕らは気づかない。……果実のように肉厚な青と薄紅の巨大な花だが、そのどれもがこれまで見たことのないものばかりだった』という、島の描写が特に好きなんです。隠喩をいくつも重ねることで、読み手のイメージをむしろより鮮明にしていくような文章の美しさに感銘を受けました。身近にある単語だけでこんなに豊かな表現ができる。この文章に心を掴まれて、一気に読了したことを覚えています」
そして『島とクジラと女をめぐる断片』という、訳者渾身の邦題も魅力的だと話す。
「原題は『ピム港の女』ですが、翻訳をした須賀敦子さんが島と女というありふれた組み合わせから逃れたい、作中で隠喩として扱われるクジラや、島というワードが表題から落ちてしまうのが惜しいと考えられて、『島とクジラと女をめぐる断片』を選んだそうなんです。島の自然から、クジラと難破船、捕鯨の問題まで、さまざまな断片が積み重ねられる短編集ですが、どの話もひと続きになっていたと思える不思議な読後感があります。それを上手く捉えた素敵な邦題だと思いました。ライターとして活動する傍ら作家としての顔も持ち、美大在学中から“言葉”をアートの一つとして扱ってきた彼女にとって、まさにバイブルと呼べる一冊だ。
「私は政治や社会問題を、それこそ毎朝歯磨きをしたりガムを噛んだりするくらい身近なものだと捉えていて。この本は確かに美しい作品ではあるけれど、捕鯨について描かれていたり、『社会は難破していることに誰も気づかない』という表現があったり。タブッキの冷静な視点や社会への警告が、物語の端々に潜んでいるように感じます。隠喩という間接的な手法を使っているからこそ、難しい言葉で説明するより早く、強く心に響かせることができる。言葉の可能性を改めて感じると同時に、新たな問題提起の手段を見つけたように思いました。少なくとも日本という島国に住み、幼い頃から海や船に慣れ親しんできた私には、この本が痛いほど刺さったんです。仕事における私の理想は、哲学と詩の間にあるような映像的で奥深い文章を書くこと。日々の業務に忙殺されてその感覚を忘れそうになった時、まるで息継ぎをするようにこの本を手に取ります。常にインスピレーションを与えてくれる存在であり、消費されない言葉の強さや美しさを思い出させてくれる作品でもあるんです」
「美しい表現や文章に触れると、自分の感覚が研ぎ澄まされていくように思います」と締めくくってくれた肥髙さん。目の前に情景が浮かび上がってくるような麗しい文体に酔いしれて!
PROFILE
MAMI HIDAKA
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