MY CULTURE
Cult*ファウンダー、エディター、プロデューサー
May 30, 2025 / CULTURE
スタイルのある女性に聞く
愛しのカルチャーヒストリー


自身の感性や価値観、ものの持つストーリーを大事にしている“INDEPENDENT GIRL”は、これまでにどんなカルチャーに触れ、影響を与えられたのか。連載39回目はエディター/プロデューサーのLisa Tanimuraさんに、自身の世界を広げるきっかけとなったエイフェックス・ツインのアルバムや、イギリスでの学生時代のお守り的な小説、そして今、独自の視点でカルチャーを発信する彼女のクリエイションへとつながる、黒澤明の『夢』やフェミニズムの先駆者シャンタル・アケルマンによる『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』について話してもらった。
PHOTO_Shunsuke Kondo
TEXT_Mizuki Kanno
EDIT_Yoshio Horikawa (PERK)

PROFILE
Lisa Tanimura
東京を拠点に活動するエディター/プロデューサー。東京で生まれ育ち、10代で渡英。ロンドン、ベルリンに居住後、日本に帰国。アート、ファッション、音楽といったカルチャー領域をインターセクショナルな視点から捉えるプロジェクトや作品を手がける。東京を拠点とする、日英バイリンガルの雑誌の出版を中心としたキュレトリアルプロジェクト「Cult*」のファウンダーであるほか、街であがいている人のためのアートフェスティバル『水平都市』のコアメンバーとして企画運営に携わるなど、国内外のアーティストの交流を促進する活動を行っている。
@_lisatani_
@cultmagazinetokyo
創造の源泉とアイデンティティの輪郭
東京からロンドンへ。
音楽が世界を広げるきっかけに
「昔から音楽が大好きで、小学生の頃にはすでに、電気グルーヴ好きのテクノキッズでした(笑)。中学に入ると国内外の幅広い電子音楽を聴くようになって、そんななかで出合ったのがエイフェックス・ツインのアルバム『Selected Ambient Works 85-92』でした。初めて聴いた時に衝撃を受けて、今までに何度も何度も繰り返し聴いています」
『Selected Ambient Works 85-92』エイフェックス・ツイン
エイフェックス・ツインこと、リチャード・D・ジェイムスが1985年から92年にかけて作りためていたアンビエント、テクノ、トラックをまとめたアルバム。今なおジャンルや世代を超えて世界中で評価され続けている。
中学生にして、すでにエイフェックス・ツインの虜だったというリサさん。そのユニークなバックグラウンドを尋ねると、彼女の感性を育んだ“東京”という街の特性が大きく影響していた。
「家の近所にあった古本屋には、『STUDIO VOICE』や『H』、『TOKYO GRAFFITI』といった90年代から2000年代初頭の雑誌のバックナンバーが当時数百円ほどで売られていて、それがとても魅力的でした。少ないお小遣いを工面してはそういった雑誌を買い集める、そんな小中学生だったんです。幼い頃に、こうした雑誌や音楽に気軽に触れることができた環境が、私自身のカルチャーを形成してくれました」
エイフェックス・ツインとの出会いを経て、さらに音楽の探求を深めていったリサさん。セックス・ピストルズやケミカル・ブラザーズといったUKのサウンドに惹かれ、高校進学を機に、英語力を高めるべく単身イギリスへ。
「イギリス中部の田舎町にある高校で留学生活を送ったあと、1年間だけロンドンに住んでいたんです。イーストサイドのダルストンというエリアにある『Cafe OTO』というカフェで働いていました。そんなある日、友人に『リサに紹介したい人がいるんだ』と声をかけられ出会ったのが、なんとエイフェックス・ツインことリチャード・D・ジェイムス本人だったんです。もう、緊張しすぎてしまって(笑)。でも、ついにロンドンで憧れの人に会えたのは本当に嬉しい出来事でした」
日本カルチャーを見つめ直して。
見えてきた“今”と、未来への架け橋
学生時代に恋人同士だった男女が、たわいもない約束を胸に再会を果たすラブストーリー『冷静と情熱のあいだ』。それぞれの視点で描かれるこの物語は、日本を代表する恋愛小説の一つだ。15歳で単身渡英し、『ある程度、英語がわかるつもりで行ったのに、全然通じなくて。3ヶ月くらい毎日泣き明かしました』と話すリサさん。日本人がまったくいない環境で過ごした高校時代、この一冊が彼女にとってお守りのような存在になったという。

2000年5月25日にミラノのドゥオモで再会を約束したかつての恋人たち。同じ時系列に起こる出来事を、江國香織は女性の視点、辻仁成は男性の視点で描き出す甘く切ない恋愛バイブル。
発行元:角川書店
「この小説も、本当に何度も何度も読み返しました。改めて、なんでこんなに惹かれるんだろうって考えた時、これは“日本人のディアスポラ”の物語なんだと気付いたんです。ディアスポラとは、故郷を離れて暮らす民族のこと。主人公たちも日本以外の国で育ち、大学で日本に戻ってくるけれど、結局日本社会には馴染めずまた海外へと渡って行く。日本人でありながら、どこか日本人ではないアイデンティティを持つ彼らの姿に、当時の私は強く共感したんだと思います。イギリス人ばかりに囲まれた毎日のなかで、自分のアイデンティティについて深く考えるようになったんです。日本人であること、アジア人であること、そして女性であること。それが何を意味するのか、当時は必死に考えていましたね。日本にまったく帰らない時期もあったので、日本語がスッと出てこなくなることもあって。一見、イギリスに染まっているかのようなのに、でも自分は決してイギリス人ではない。一種のアイデンティティ・クライシスでした。同時に、日本人がほとんどいないイギリスの田舎町で暮らしていたので、常に自分が“日本人代表”のように見られることが多く、だからこそ日本の歴史や文化について、より積極的に学ぶようになりました。一度外から客観的に日本を見たことで、改めてこの国への愛着も深まりましたし、これからも日本の文化やアートを世界に発信し、つないでいく活動を続けていきたいと強く思っています」

1996年に創刊された、世界中のアーティストを紹介するプラットフォーム。2006年発行のこちらの号は、アートディレクターの野田凪をフィーチャー。彼女自身のディレクションのもと、多岐にわたる活動を紹介する。
発行元:ピー・エヌ・エヌ新社
世界中から新しいアートとデザインのアイデアを集めるGas As Interfaceが刊行するアートブックシリーズ『GASBOOK』。そのなかでも、アートディレクターの野田凪にフォーカスした一冊はリサさんにとって特別な意味を持つ。中学時代に出合った野田凪が手がける広告ビジュアルは、リサさんに大きな夢を与え、現在彼女が発行するマガジン『Cult*』をはじめ、日本のカルチャーやアートを発信するという活動の軸は、この出合いがきっかけで育まれたという。

「私は、ファインアートやカルチャーが身近にあるような家庭で育ったわけではないので、広告表現やミュージックビデオ、ファッションといったものが、いわゆる“クリエイティブ”な世界とつながる唯一の窓口だったんです。そのなかで、野田さんの手がける広告ビジュアルはどれもライトで、クールで、キュートで。『こんなにも自由な世界観を創り出す表現者がいるんだ!』って衝撃を受けました。広告だからこその“軽やかさ”が、クリエイティブ領域への入口をグッと身近にしてくれて、ストレートに心に響いたんですよね。今は、自分の人生観にも大きな影響を与えてくれた、『GASBOOK 22 NAGI NODA』のパブリッシャーであり、この場所『CALM & PUNK GALLERY』を運営するGas As Interfaceでも仕事させてもらっているので、素敵なご縁に感謝しています」
内から湧き出る“夢”の力と、
社会を見つめる“フェミニズム”の視座
巨匠・黒澤明監督が自身が見た“夢”を題材に撮り上げた、全8話からなるオムニバス作品『夢』。「私も“夢”というものに、すごく刺激を受けているんです」と話すリサさん。この映画と出合う以前から、ロバート・A・ジョンソンの著書『Inner Work:Using Dreams and Active Imagination for Personal Growth』を読み、夢への理解を深めてきたという。

著名な作家でありユング派の分析家でもある著者が、夢とその象徴性を理解するための包括的な枠組みを啓示。夢と内面の訓練を活用し、個々の完全と理想的な人生を達成する方法を教えてくれる。
発行元:Harpercollins
「書籍や映画、音楽といったものが自分の外部からの刺激だとすれば、夢はその逆で、自分の内面から湧き上がってくる刺激。外部からのインプットだけでは不十分で、自分の内側のより深いところにある何かを引っ張り出してくることが、何かを創り出すうえでとても大切だと思っています。だから、夢は外部のカルチャーからの影響と同じくらい重要なもの。あの偉大な黒澤明監督でさえも夢からインスピレーションを得ていたという事実に感銘を受けましたし、夢の重要性を再認識させてくれた映画です」

『夢』
黒澤明が自分の見た夢をもとに撮り上げた全8話で構成されるオムニバス作品。彼を師と仰ぐスティーヴン・スピルバーグとジョージ・ルーカスが製作に協力するなど、1990年の公開当時、そのスケールの大きさも話題に。監督/黒澤明 出演/寺尾聰、マーティン・スコセッシ、倍賞美津子、笠智衆、伊崎充則


「日本に帰ってきて、アジア人の女性として生きることについて改めて考える機会が増えた頃に出合った作品です」。そう言ってリサさんが紹介してくれたもう一つの映画が、『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』。1975年公開のこの映画は、すでに“フェミニズム”をテーマに据え、平凡な主婦の日常を淡々と、しかし克明に描き出すことで時代の先を行く視点を感じさせる。

『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』
シャンタル・アケルマン監督・脚本による、1975年のベルギー・フランス合作のドラマ映画。思春期の息子とともにブリュッセルのアパートで暮らす女性主人公の3日間の生活が描かれ、衝撃の結末へといざなう。監督・脚本/シャンタル・アケルマン 撮影/バベット・マンゴルト 出演/デルフィーヌ・セイリグ、ジャン・ドゥコルト、アンリ・ストルク、ジャック・ドニオル=ヴァルクローズ


「イギリスでは“日本人としてのアイデンティティ”と同じく、“女性として生きること”という有色人種でありながら女性性であることも自分にとっては大きなテーマでした。でも性差別で言えば、むしろ日本に帰ってきてからの方が強く感じるようになったんです。人種的なマイノリティであることからは解放されたけれど、今度はジェンダーという意味でのマイノリティ性だけが残った。そこからフェミニズムについて改めて勉強するようになり、友人からこの作品を紹介されました。監督のシャンタル・アケルマンは制作チームにも多くの女性を起用していて、そういった姿勢は、私も何かを創る際に常に意識し続けていることです。外側の見せ方だけでなく、内部の作り手や関わる人たちのなかに、どれだけマイノリティの人々を迎え入れられるか。それは常に考えています」

2024年に出版された、東京を拠点とする日英バイリンガルのカルチャー誌。1号目は“ALONENESS 独りであること”をテーマに、多彩な角度から孤独感や孤立などを掘り下げる。年内に2号目を発行予定。
https://cult-mag.com/
発行元:Cult* Magazine
今年の冬には『Cult* 』の最新号の刊行も視野に入れて、制作を進めているリサさん。
「また海外に戻ることも考えたけれど、やっぱり私は東京がすごく好き。そして『Cult* 』という本を通して、『日本にはこんなにも面白いアーティストやクリエイター、そしてカルチャーが存在しているんだ』ということを世界に向けて発信し続けていきたいと思っています。そして、彼らと世界をつなぐ“橋”のような存在に、この東京という場所を拠点に、なっていきたいです」