MY CULTURE

#31 工藤花観/〈KAKAN〉デザイナー

Aug 08, 2024 / CULTURE

スタイルのある女性に聞く
愛しのカルチャーヒストリー

マイスタイルを謳歌する“INDEPENDENT GIRL”に、自身のアイデンティティに強い影響を与えられたカルチャーについて話を聞く連載コンテンツ。31回目となる今回は、ファッションブランド〈KAKAN〉のデザイナー工藤花観さんに、よしもとばななの小説とアメリカ出身の写真家によるドキュメンタリー映画、スタイリスト北村道子さんの書籍を教えてもらった。

PHOTO_Shunsuke Kondo
TEXT_Mikiko Ichitani
EDIT_Yoshio Horikawa (PERK)

PROFILE

Kakan Kudo

工藤花観
18歳で渡英。名門セントラル·セント·マーチンズ基礎課程修了後、2022年イタリアのイスティチュート·マランゴーニのファッションデザインコースを卒業。24年に自身のブランド〈KAKAN〉を設立し、24-25年秋冬コレクションでデビューを果たした。
@kakan.ars
@kakankudo

ありのままの私を
肯定してくれるものたち

静かで深い、言葉の力

 幼少期から美術教室に通い、アートや創作に触れてきた工藤さん。高校生の時に出合ったよしもとばななさんの長編小説『みずうみ』は、多感な当時の彼女の価値観を静かに揺さぶり、現在でも旅先に持ち歩いては何度も読み返すほど思い入れのある一冊なのだそう。
「この作品は壁画を仕事にする女性が主人公で、向かいのアパートに住むか弱な男の子、中島くんと出会って関係を深めていく物語。心の中に抱える闇やモヤモヤを互いに感じながらも、穏やかに淡々と関係を深めていく様が印象的に描かれています。周りの友人や家族についても描かれていて、過去には悲しい出来事も起きているのですが、俯瞰的に捉えてさまざまな人生を肯定してくれるところに魅力を感じます。とりわけ好きな一説があって、主人公が中島くんとの関係について友人に説明する時に、『落ち着いていて、静かで、でもなにか激しくて、水の中にいるようなの。世の中のことがどんどん遠くなっていく。これからもっと盛り上がることも想像できないんだけれど、別れるところも浮かばないっていうか』という表現に深く心を打たれました」

『みずうみ』よしもとばなな
斜め向かいのアパートに住む中島くんと、奇妙な同居生活を始めた主人公のちひろ。過去に受けた心の傷によって、体の触れ合いを極端に恐れる中島くんに惹かれながらも、彼の抱える深い傷に戸惑いも感じている。恋と呼んでいいかわからない曖昧な関係が続くなか、ある日彼から、一緒に昔の友達に会ってほしいと頼まれて――。魂に深手を負った人々を癒す浄化と再生の物語。
発行元:新潮社

「私も男女には海や川のような激情的な恋愛感情だけではなく、もっと落ち着いていて、互いのことを一人の人として尊重し合う、穏やかな、でも底の深くには何かが沈んでいるような……。そんな湖のような感情が確かに存在すると思っていて、このような関係性には今でも憧れています。そんな気持ちに気づかせてくれたのも、よしもとばななさんの美しい言葉遣いや言葉選びならでは。繊細で曖昧な感覚をこんなふうに伝えることができるんだと、感動したことを覚えています」

成功のためではないピュアな表現

 晩年から再評価され、没後10年が経った今も日本で高い人気を誇る写真家のソール·ライター。2013年に公開されたドキュメンタリー映画では、控えめながらも自分自身の撮りたいものを撮るという人生哲学が語られており、彼のありのままの生き方に工藤さんも刺激を受けたのだとか。
「好きなことを生業にしていると、なんのためにアウトプットするのかということを常に考えさせられます。続けるためには売上も必要だけど、純粋な自己表現としての自由さも保っていたいという葛藤や矛盾に悩まされることも。そんな時にこの作品と出合って、俗物的な成功から距離を置いて、自分にとっての幸福を大切に、撮りたいものを撮り続けていたというソール·ライターの生き方に共感しました。映画の中で彼は、『世の中の美しいものに喜びを感じる気持ちに言い訳などいらない。美しさの好みはそれぞれで、それを否定はしない。私は美を追い求めるのはいいことだと見る人生観を信じている』と語っています。私も何かを得るといった理由や目的のためにではなく、ありのままの気持ちに素直に服を生み出していいんだと励ましのように思えた映画でした」

『写真家ソール·ライター 急がない人生で見つけた13のこと』 
伝説の写真家ソール·ライターの半生を追ったドキュメンタリー。「人生で大切なのは、何を捨てるかということ」という持論で、あえて名声から遠ざかるように歩んできたライターの人生を通して、彼の作品が見る者の心を打つ理由を探る。
監督/トーマス·リーチ 出演/ソール·ライター 配給/テレビマンユニオン 

削ぎ落とすことで浮かび上がる個性

 2シーズン目となるコレクションを発表したばかりの〈KAKAN〉。本シーズンは、イタリアのミラノとフェルトレを舞台に、少数精鋭のチームでルック撮影が行われた。国外での撮影ということで、スタイリングまで手がけることになった工藤さんが参考書として手に取ったのが、スタイリスト北村道子さんの『衣装術 3』だ。
「この本を読んで、北村さんは“人間”について話しているんだと思いました。まず人間、そのうえでの服に対する北村さんの考え方に共感する部分がたくさんあります。例えば、服をより効果的に見せるために、名前の通ったエージェンシーのモデルをあえて使わないであったり、ヘアメイクを作り込みすぎたりせずに、着る人の人格や個性を浮かび上がらせるようなストーリーをエディトリアルとして創っていくこと。〈KAKAN〉も立ち上げ当初から、美しくあろうとすることに、ためらわずに自分らしく生きる成熟した大人をペルソナとして大切にしていて。コレクションを重ねてルックのモデルやロケーションが変わっていっても、その軸がブレないように表現するために必要なことをあらためて考えさせられました」

『衣装術3』北村道子
さまざまなビッグメゾンからも絶大な信頼を寄せられるスタイリスト、北村道子。彼女が今、面白いと思う表現とは何か? 荒井俊哉の写真、〈TIMEWORN CLOTHING〉の衣装と共に伝える人気シリーズの第3弾。
発行元:リトルモア

 ブランドの核となる手紡ぎのニット以外にも、セットアップやシャツ、カジュアルなTシャツやショートパンツといった日常着もラインナップに加わった最新コレクション。
「春夏コレクションではファッションが誰かと差をつけるための手段ではなく、自分自身を少しでも好きになるためのものであること。それを明るい季節に、あえて意図的に悩まず、ピュアな好奇心を大切にしながら表現しました。都会で周りよりも目立つためのおしゃれではなく、人目の少ない場所や、誰も自分を知らないところでなら自分を解放できる。ちょっと露出したり、普段だったら手に取らない明るい色を選んでみたり。かと言って、開放的になれる=ありのままの自分というわけでもないような……。どの自分が本当の自分かわからないし、なんだかそこにはファッションの矛盾も感じるけれど、それもまた人間らしさとファッションの一面なんだと思っています。今回ルック撮影をしたフェルトレには親戚のような存在のご夫婦が住んでいて、ミラノ留学中によく小旅行に行っていた場所です。フェルトレはイタリア人に聞いても名前を知らないような小さな街。でも、このパーソナルな環境が今回のコレクションのテーマを体現してくれたと思います」

 最後に、今後のブランドとして目指す形についても教えてもらった。
「果実や花は魅力的な香りや色彩によって、自己を肥やすことを疎かにしません。ありのままに美しくあることで虫や鳥を誘惑して、その種子をより遠くまで運んでもらい、繁栄していく。〈KAKAN〉も同じように、着ることで佇まいがかっこよく見えて、そして着る人自身と戯れ、交わり、旅をし、その先々でも周りの人たちを華やかにするものであってほしいと願っています。着ている本人だけでなく、存在する環境や空間を共有している人たちにも幸福を感じてもらいたい。人生の一部として、〈KAKAN〉が自分らしく、そして豊かに生きるきっかけになることができたら嬉しいです」

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