cinecaのおいしい映画
Jul 29, 2020 / CULTURE
“モザイクゼリー”
映画を題材にお菓子を制作する〈cineca〉の土谷未央による連載。 あなたはこのお菓子を見て、何の映画かわかる? 自分が知っていたはずの映画も、視点や考え方を少し変えるだけで全く違う楽しみ方ができる。それは、とてもアーティスティックで素敵な感性。
Re-Edit / PERK 2017 September Issue No.21
はっきり見えない恋の賞味期限
肌にまとわりつく空気とまたたく光の残像がそろそろ恋しい。
わたしたちは、誰かと恋に落ちる前すでにその誰かとはどこかで出会って(すれ違って)いるのかもしれない。奇跡的瞬間ともいえる出会いのシーンを街の光はひっそりと捉える。
映画『恋する惑星』は、走ったり止まったりする忙しい気持ちの揺れを映像と音楽の躍動感で掻き立てる賑やかな世界。スクリーンからこぼれ落ちる音や光をきっかけにして、私の中の賞味期限切れの缶詰の封が切られ、ずっと昔に封じたはずの甘くてとろっとした記憶の断片が顔を覗かす。
刑事633号(トニー・レオン)は、小食店〈ミッドナイト・エクスプレス〉の常連客。店で働くフェイ(フェイ・ウォン)は、刑事633号の顔を見るだけで心の中は赤面しっぱなしだけど、まさか恋をしているなんて知られないよう毎日必死に心を通常運転させている。塩対応でぎりぎりカモフラージュの日々。
特別な恋情や過去からの束縛、形容できないほどの寂寥も大抵のことは心の内に隠されている。隠そうとする行為には恥もあるけど気品も伴うから可視化される瞬間に出会えたらラッキーだ。たぶんそれは人との距離を縮める魔法の瞬間のひとつでもあるから。
恋をしていてもクールでいたい。と思うのは格好いいのか悪いのかわからない。けれど、汗ばむ夏の日にのどごし良くちゅるっと食べる冷たいゼリーのように、暑さの中でも手を伸ばしたくなる爽やかさを持ち合わせていつもキラキラしていたい。
映画の舞台は香港。汗で滲む視界、水拭きで曇ったガラス、湿度で歪みキラめく世界の見通しは悪い。まるでモザイクがかけられた心模様のようだけど、私の目には、ボヤけた輪郭に輝きが増すように映った。
ブルーの空に染まる夜明け前、恋は青に溶けるようにしていなくなった。ずっと恐れていた“そのとき”が来たのだ。なににだって賞味期限がある。光が射す前にはまたパズルのピースがばらまかれ、拾いあげた1ピースから恋の紡ぎがはじまる。これは何度目の朝だろうか。何度繰り返してもそこにははっきりと見えることのないモザイク越しの瞬く世界が待っているから、だからまたもう一度始めることができるのだ、きっと。
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