Luna’s Photo Essay

🇬🇧London COLUMN

August, 2026

Aug 06, 2026 / CULTURE

誰でも出合いうる偶発的に生まれる幸せなできごとも、心に隙間がないと新しい感情や気づきを得られない。ロンドン在住のフォトグラファー、ライターの山田ルーナさんに、日常のワンシーンをシャッターに収めてもらった。日本では見ることのできない景色を届けてもらう、連載「Luna’s Photo Essay🇬🇧London COLUMN」。今月届いた言葉のなかに、“夏は音もカラフル”、“密のような時間に出合う”という表現があった。繊細に紡がれた言葉の一つひとつが、感性をそっと刺激し、言葉から受け取った感情を心の宝箱にしまっておきたいと思えた。時間をかけて自分の中で育てながら、いつか大切な誰かへ、自分自身の言葉で届けたい。そんなふうに思える回。

PHOTO&TEXT_Luna Yamada
EDIT_Mizumo Uehara(PERK)

PROFILE

山田ルーナ/フォトグラファー、ライター

@ymdluna
4歳から音楽の奥深さに触れ、大学生までクラシックピアノに傾倒。その後、趣味だったカメラの腕をストリートフォトで磨き、ポートレート撮影を中心に本格的に始動。“本当にやりたいこと”が見えてきた今、潔い方向転換を遂げ、2025年春からロンドンに拠点を移す。フォトグラファー、エッセイやコラムを中心に執筆を行うフリーランスライターとして活動している。

チーズを食べるためだけに、旅に出た。
大好きなラクレットを乗せたお皿はラッキーナンバーだった。
自分の幸せには、自分の足で出会いに行くのだ。

日陰で涼みたいし、眩しい光の中で目を細めたい。
どちらかじゃなくて、どちらもがいい。花の影も、グラスに差す陽の光も、両方きれいだから。

ビキニで湖を泳いだ夏休み。歳を取ったら身体を隠さなきゃいけないなんて、誰が決めたんだろう。
虫刺され跡もなかなか消えない30代、今日がいちばん自分を好きだ。

白鳥の羽が湖にひらり、光の粒と一緒に泳いでいった。
光たちが羽を迎えにきたみたい。しばらく行き先を見守りつつ、ふと大切な人に会いたくなった。

地元の人と、観光の人。
そのどちらもが訪れるベーグル屋さんがあって、私もまたそこによく行く。
私はどちらだろうと考える。ずっと何者でもなくて、でもそれが心地よくて。


夏は音もカラフル。
人々の話し声、鳥の鳴き声、手や足が水面を跳ねる音に、誰かがどこかで流している懐かしいメロディ。
目を閉じても鮮やかで、そのまま幸せなお昼寝をした。

余韻。良い音楽を聴いたあとや、おいしいものを食べたあと。
蜜のような時間に出合うと、そのために本編があった気さえする。もう少しだけ、席に座っていよう。

窓の灯りの向こうに、誰かが暮らしている。それは当然知らない人で、もちろん向こうも私を知らなくて。
なのに、いや、だからかその光はなんだかやさしい。

Essay #6


 数ヶ月前から、月に50km走ることを自分に約束している。ただ、走ることが好きなわけではなくて、むしろ億劫だ。今夜走ると決めたら、その日は一日自分の機嫌をとって、帰宅してからも一通りだらだらして、そうしてようやく走り始める。それではなぜ走るのかというと、走る自分が好きだから。走り終えて鏡を見ると、汗でお化粧がいくら溶けていても、不思議ときれいだなと思う。だから、それが他人にとっての美でなくとも、私は私が思う美にコミットしたくて、今日も走るのだ。人は、自分の美しさに気がつくという土台があって初めて、世界の美しさに気がつくことができるのかもしれない。と思いつつ、やはり次回も、億劫なのは変わらないんだろうなぁ……。

Luna’s Photo Essay🇬🇧London COLUMN 一覧