My culture_BOOK

Oct 30, 2020 / CULTURE

さまざまな生き方が垣間見える
アメリカ人作家による長篇恋愛小説

『夜はやさし(上)』フィツジェラルド著、谷口陸男訳(KADOKAWA/角川文庫)
『夜はやさし(下)』フィツジェラルド著、谷口陸男訳(KADOKAWA/角川文庫)

優秀な精神科医のディックと美貌を備えた大富豪の娘・ニコルは、医師と患者という垣根を越えて愛し合い、結ばれることに。富と名声を併せ持ち、周りを惹きつけてやまない夫妻であったが、ある夏の日に若き女優・ローズマリーが現れたことで運命が大きく変わり始める。著者最大の長篇作品。

映画や音楽、本にアートといったカルチャーを、『PERK』が注目するINDEPENDENT GIRLがリコメンド。今回はモード誌の編集部を経て、現在はフリーランスのエディターとして活動するeucariさんに、何度も読み返してしまうアメリカの文学作品について話してもらった。

PROFILE

eucari

東京生まれ。大学生時代からモード誌で編集者として経験を積み、フリーランスのエディターに。現在はフォト&ビデオグラファーやDJ、モデルなど、表現方法を限定せずジャンルレスに活躍中。
Instagram_@euca_ri
https://eucari.me/

この作品を読んだキッカケ

 書店や図書館に足繁く通うなど、幼い頃から読書が大好きだというeucariさん。彼女がこの作品を初めて読んだのは大学生の頃だったそう。
「もともと海外文学に興味があって、大学ではフランス文学を専攻していました。たまたま取っていたアメリカ文学の講義で、この本の存在を知ったんです。第一次世界大戦の前後に当たる1920年から30年代は、戦争のためにヨーロッパへと渡り、戦後もしばらく現地に滞在していたアメリカ人が多かったらしくて。その影響で、ヨーロッパを舞台にしたアメリカ文学がたくさん生まれたようです。そこで先生に勧めてもらったのが、アメリカ生まれのフィツジェラルド。この本は1934年に初版が発行されているから、まさにその時代を生きた作家なんです。彼は執筆中、ヨーロッパ各地を周っていろんな知識人と交流していたみたいで。それもあってか、この作品に出てくる人々はアメリカ文学の荒涼なイメージとは裏腹に、すごく優雅で都会的に描かれているんですよ。当時の時代背景が色濃く反映されている点も面白いと思います」

思わず海辺で読みたくなるストーリー

 これまで数多くの海外文学に触れてきたeucariさんが、特におすすめする一冊『夜はやさし』。その魅力は一体どういったところにあるのか。
「私はこの本の美しい描写が好き。比喩の表現が秀逸で、自然とその情景が浮かんでくるんです。一番のお気に入りは、のちに主人公ディックの愛人となるローズマリーが初めて登場する海辺のシーン。この物語は3部構成になっていて、第1部はディック、第2部からはローズマリーの視点に切り替わるんです。第2部の冒頭で海辺の様子やそこで過ごす人々の描写があるんですが、まだ若くて純粋なローズマリーが見ている世界には、生き生きとした美しさがあって。思わず海辺で読みたくなって、実際に海へ遊びに行く時に持って行ったこともあるんですよ。今まで50回以上読み返しているほど、ホントに大好きな作品です」

人生はきれいなだけじゃない

「もうひとつ好きなのは、ハッピーエンドじゃないところ。今の本や映画のストーリーの多くは、上手くできすぎているように感じていて。人がコンプレックスを乗り越えて成長する話とか、動物との感動秘話とか、もちろんそれも素敵だけど、人生ってそんなにきれいなだけじゃないと思う。ちょっとネタバレになりますが、この物語のクライマックスは決して劇的なものではなくて。才能に溢れ周囲からも尊敬されていたディックは、のちにアルコール依存症になり、挙句の果てには妻のニコルに別れを切り出される。彼は何も救われることなく、物語は淡々と終わるんです。かつて彼に熱を上げていたローズマリーでさえ、その恋が大人になるための通過点でしかなかったことを知って離れていく。だけど、どんなに辛くても人は生きていかなきゃいけなくて、ディックのような転落人生だって誰しもあり得ることなんだろうなと。そういう状況に抵抗することなく淡々と生をつむぐ彼の姿から、逆に生きることそのもののエネルギーを感じました。ディックやニコル、ローズマリーのフィルターを通してそれぞれの生き方を体感できる点も、この作品の魅力だと思います」

タイトルの考察とユカリさんの人生観

「この本は、英語版だと『TENDER IS THE NIGHT』というタイトルなんです。日本語版同様ハッピーエンドに聞こえるけど、実際は優秀な精神科医のディックが崩壊していく姿が描かれている。このタイトルは、かつてディックが仲間と過ごした楽しくて穏やかな夜のことを暗示しているんだと思います。何もかもが順調に見えた夜、だけどその内側にはそれぞれ激しい想いや悩みを抱えていて。どちらも目に見えているものとは相反する内実をはらんでいる。ちょっと難しいけど、それを表現しているのかな。私はこの本を通して、人生はいいことばかりじゃなく、どうにも報われない時だってあるんだと伝えたい。私も今は幅広くチャレンジしている時期だから、いろんな生き方が描かれた本はすごく貴重で。成功しなきゃって自分を追い込むのは正直疲れるし、私らしくやりたいことに挑戦しつつ、毎日美味しくごはんを食べられたらいいな。この作品は少し難解な表現も多いから、じっくり本に向き合うのが好きな人に読んでみてほしいですね」

“High&Low” by eucari

— High —

内面を磨くための写真集

「本は紙で読むのがモットーで、最近は小説だけでなく写真集も買うようになりました。自分の哲学や美意識、センスに教養など、一生の財産になる“頭の中身に関わること”には、お金を惜しみません。歴史に名を馳せるような著名な方はもちろん、今ホットな写真家や書店でピンときたものなど、幅広く集めています」

— Low —

自転車が基本の移動手段

「交通機関はなるべく使わず、自分の足で移動することが多いです。タクシーに乗ることもほとんどなくなりました。おそらく70年代につくられたであろう、かなり年季の入ったヴィンテージの自転車が私の相棒。風を感じながら、車が少ない夜道を走るのが毎日の楽しみです」

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