MY CULTURE
セットデザイナー、プロップスタイリスト
Apr 30, 2025 / CULTURE
スタイルのある女性に聞く
愛しのカルチャーヒストリー


自身の感性や価値観、ものの持つストーリーを大事にしている“INDEPENDENT GIRL”は、これまでにどんなカルチャーに浸かり、影響を与えられてきたのか。ご長寿連載第38回目はセットデザイナー、プロップスタイリストの青木静花さんに、ティム·バートン監督によるファンタジー映画をはじめ、トム·ヨークのソロ名義での楽曲、フランスの写真家ベルナール·フォコンの作品集や詩人·池井昌樹と写真家·植田正治による共作写真集を挙げてもらった。
PHOTO_Shunsuke Kondo
TEXT_Mikiko Ichitani
EDIT_Yoshio Horikawa (PERK)

PROFILE
Shizuka Aoki
青木静花/ヘアメイクの専門学校を卒業後、アシスタントとしてヘアメイクやヘアを専門とするアーティストに師事。2013年頃にはセットデザインやプロップスタイリストへと転向。ファッション誌やミュージックビデオ、広告のセットデザインから舞台の美術まで、幅広く活躍する。クライアントワークのほかにもメッセージ性のある実験的なアート制作を行い、SNSを通して発信を続けている。
@chan_shi26
愛を持って託される
美しい記憶と希望
誇張が描く、個性と内側にある真実
10代の頃からユアン·マクレガーが大好きで、出演する映画はほとんど観てきたという青木さん。彼が主演を務め、作家ダニエル·ウォレスのベストセラー小説『ビッグフィッシュ 父と息子のものがたり』をティム·バートンが鮮やかな映像作品へと昇華した本作には、必然的に引き込まれたのだそう。
「他人にとっては誇張に思えるほど、本人が感じた人生は彩りに満ちたものであるということを表現している作品だと思います。『恋は相対性理論』という言葉があるように、運命の女性に出会った瞬間に世界が止まったように感じたり、現実よりも鮮やかに世界が見えたりすることって本当にあると思うんです。そういった心理描写が劇中では美しく描かれていて、たくさんの刺激を受けました」



デジタル配信中、Blu-ray発売中
Blu-ray ¥2,619(税込)
権利元:ソニー·ピクチャーズ エンタテインメント
発売·販売元:ハピネット·メディアマーケティング
『ビッグ·フィッシュ』
監督/ティム·バートン 出演/ユアン·マクレガー、アルバート·フィニー、ビリー·クラダップ、ジェシカ·ラング、ヘレナ·ボナム=カーター
『シザーハンズ』や『チャーリーとチョコレート工場』といったダークファンタジーの名手として知られる、奇才ティム·バートンが手がけた親子の物語。まるでほら話のように奇想天外なライフストーリーを物語る父親とその息子。2人の心の交流を繊細かつ、鮮やかに描いた名作。
撮影の現場では日々、現実的なセットからファンタジックな美術まで、幅広い創作が求められる。クリエイティブにおいて青木さんがこの作品からどのような影響を受けているのかを聞いた。
「愛する女性へ告白をするシーンでは、幸せを象徴する黄色の水仙が画面いっぱいに映し出されます。プレゼントとしての花束がいつしか花畑となって描かれるのですが、現実的に考えたらあり得ないですよね。でも、彼らにとってはそのくらいの気持ちが溢れる一瞬だったことは嘘じゃない。そういった誇張によって気持ちを表現したり、パーソナリティを表したりすることは、私自身も空間を創るという仕事柄たびたび意識しています」
記憶の先にある、自分自身を見つめるという行為
ミュージシャンのトム·ヨークと盟友ポール·トーマス·アンダーソン監督がタッグを組み、2019年に発表した映像作品『ANIMA』。約15分のショートフィルムの終盤に鳴り響く「Dawn Chorus」は、頭の奥深くに眠る遠い記憶を反芻しながら浮かび上がらせるような、ドラマティックなメロディが癖になるラブソングだ。
「Netflixで発表された映像をきっかけに、この楽曲を知りました。振り付けもダミアン·ジャレットというコレオグラファーが担当していてとてもかっこよく、音と映像の両軸で強く惹かれました」
「この『ANIMA』というタイトルは、心理学者のユングが提唱した『男性の無意識に存在する女性像』という概念に由来しているそうで、和訳を照らし合わせて聴いてみると『すべてをやり直せるなら』という言葉が印象的に繰り返されています。しっとりとした音質と断片的な記憶の層のような歌詞が絡み合い、心の中に残された大切な人を想いながら切ない過去を思い巡らして、現実へと回帰していく様子は内省的だけど、どこかポジティブにすら感じます。記憶の本質と向き合うような表現に強い共感を覚えました」
記憶を追い求め、つないでいくこと
あどけなさと危うさが共存する少年たちの姿を、長年写真として捉え続けてきたベルナール·フォコン。少年たちと過ごす日々をより偏愛的かつ、刹那的に切り取るべく創意工夫の凝らされた構図や光、色の使い方は青木さんのインスピレーション源の一つになっているという。
「彼もまた記憶の表現を追求し続けている人。刻一刻と変化し、成長してしまう少年たちの美しい瞬間やきらめきのような記憶を写真に捉えようとして創り上げる、等身大のセットやマネキンを交えたファンタジーの世界を見るとさまざまな想像が広がります」

現実と幻想、人工と自然、現在と追憶が鮮やかに交錯する、緊迫した精神世界を写真の中に創造するフランスの写真家ベルナール·フォコンの作品集。マネキンを被写体にした作品や火を用いた作品など、1977年から95年までの軌跡を7つの章に分けて巡る。
発行元:リブロポート
「マネキンと少年、光と影、現実と幻想など、彼の作品は多くの対比に溢れていて、そのすべてが一瞬の美しさを引き出すために見事に作用しています。私も無意識に自分の中にある美しい記憶や感情を引っ張り出して創作をしていると思うので、彼の創作に向き合う姿勢にはシンパシーを感じます」

もう一冊、青木さんが用意してくれたのは植田正治の写真に池田晶樹による希望に溢れた詩が添えられた『手から、手へ』。
「植田正治さんの写真集が欲しいと思い、神保町の古書店を回っていた時にこの本と出合いました。子供たちの愛らしい写真はもちろん、池田さんの詩もとても素敵なんです。一人で生きていけるようにと鼓舞しながらも、親から子へ、手から手へと確かに受け継がれていく“やさしさ”の連鎖。私がプロップスタイリストとして今の活動をしていることも、私が作るもの自体も、これまで積み重ねてきた周りの人々からの影響を受けているんですよね。私もそういった“好き”や“やさしさ”のバトンをつなぎたいという想いを持って、自分のクリエイティブに愛を込めて向き合っていきたいです」

三好逹治賞など数々の受賞歴を持つ詩人·池井昌樹と、“植田調”で世界的に知られる写真家·植田正治による共作写真集。言葉と写真によって綴られた親から子へと手渡される希望のバトンと家族の物語は、時代を超えるロングセラー作品として現代まで愛されている。
発行元:集英社
ファッション誌や広告といったクライアントワークと並行して、自身のSNSでは遊び心のあるアート作品も公開している。それぞれの作品とは、どのような心持ちで向き合っているのだろう。
「クライアントワークは、ほかのクリエイターたちと一緒に作り上げていく過程や決められたルールの中でどれだけ遊べるかを考えるのが楽しいんです。個人の制作に関してはどこか実験的というか、今の世相や社会から感じることを記号的に紛れ込ませてみたりして、誰かが気づいてくれるかな? とか、どういう反応があるのかな? と試している感覚があります。どちらにせよ自分がワクワクしないことはなるべくしないようにしようと思っているので、どこかでかわいいとか楽しいと思えるものを取り入れるようにしています」

「今回挙げた作品にも通じるように、“回帰する記憶”というのは私の創作の中でも大きな軸になっていて、いつかそのテーマで展示をしたいと思っています。あとは、絵本も作りたい。コロナ禍にiPadで漫画を描いたことがあるのですが、世の中にあるさまざまな意見をキャラクターに喋らせてみたら、すごくフラットにメッセージを表現することができたんです。漫画や絵本だったら押し付けがましくなく、希望や可能性を読み手に託すことができるのではと感じているので、今後も私らしいクリエイティブを通して何かのきっかけを作っていけたらと思っています」
