MY CULTURE
「manhood haus」 ディレクター
Feb 07, 2025 / CULTURE
スタイルのある女性に聞く
愛しのカルチャーヒストリー


自身の感性や価値観を大事にする“INDEPENDENT GIRL”は、これまでにどういったカルチャーに触れ、影響を与えられたのか。連載第36回目はヘアサロン「manhood haus」のディレクターで、ハンドメイドジュエリーブランド〈portray jewelry〉を手がける辻のぞみさんに、光と影を題材とした作品で知られるジェームズ・タレルの作品集をはじめ、ロサンゼルスのシンガーソングライター、アリエル・ピンクによるメロウな楽曲、アメリカのノンフィクション文学を実写化したロードムービーの3つを紹介してもらった。
PHOTO_Shunsuke Kondo
TEXT_Mikiko Ichitani
EDIT_Yoshio Horikawa (PERK)

PROFILE
Nozomi Tsuji
辻のぞみ/2013年から青山のヘアサロン「MANHOOD」のディレクターを務め、22年には自身の世界観を投影したプライベートサロン「manhood haus」を世田谷にオープン。20年からはアクセサリーブランド〈portray jewelry〉も立ち上げるなど、さまざまな形で自身の感性を表現している。
@nozomitsuji
@manhood_haus
@portray_jewelry
振り返るたびに胸に響く
エモーショナルな記憶たち
光に惹きつけられるジェームズ・タレルの世界
九州出身の辻さんにとって、海や山といった自然に囲まれた気候の穏やかなロサンゼルスという街には特別な思い入れがあるという。これまでにも何度かプライベート旅行で訪れており、現地で暮らす友人たちを訪ねて一人でも行ってしまうほど大好きな場所なのだそう。
「子供が生まれる前に最後に行った海外旅行もロサンゼルスでした。自然があって、気候も人々もどこかあったかい。日本の田舎に近い心地よさを感じます。私が大好きなアーティスト、ジェームズ・タレルもロサンゼルス出身なんです。香川の地中美術館にも作品がありますが、2013年にLACMA(ロサンゼルス郡立美術館)で観た回顧展の作品が私のなかで強く印象に残っています」

「ジェームズ・タレルの作品は光と影をモチーフにしているものが多いのですが、プライベートサロン『manhood haus』をオープンしてからのこの数年で、よりいっそう共感できるようになった気がします。自分自身と向き合う時間が増えたことで、人生にはいい時期もあれば悪い時期もある、だからこそ喜びや楽しみを感じることができるんだと改めて気付かされました」

45年以上にわたり光を使用し、知覚芸術を探求しているロサンゼルス出身の芸術家、ジェームズ・タレルの作品集。メンドータ・スタジオ時代の作品から代表的な「ローデン・クレーター」プロジェクトまで、包括的にたどることのできる内容となっている。
発行元: Los Angeles County Museum of Art
「やっぱり光に溢れた空間や人に惹きつけられます。『manhood haus』も自然光がしっかりと入る設計で、お気に入りの場所なんです。私自身もそういうあったかくて明るい、パワースポットのような存在になりたい。ただ髪を切るだけでなく、会って話すことで元気になって帰ってもらえるような。そういう時間を改めて意識するようになってから、これまで以上にサロンワークが大好きになりました。連休明けもサロンワークできることが嬉しくって眠れなくなるくらい(笑)。今はとにかく仕事が楽しいです」
時間が経っても色褪せない特別なメロディ
普段のサロンワークでは、アンビエント系の音楽を流すことが多いという辻さんだが、個人的な感情を揺さぶる一曲に選んだのは本人としても意外だったというサイケデリック・ポップの奇人、アリエル・ピンクによるカバーナンバー。
「『Baby』は大切な人たちとロサンゼルスで聴いた思い出の曲なんです。正直、アリエル・ピンクのほかの曲はいまいちハマらなかったのですが、この曲だけはいつ聴いてもあの時の美しい情景を思い出してエモーショナルな気持ちになります。普段からたくさん聴いているというわけではないものの、旅先などの特別な瞬間に無性に聴きたくなっちゃう。たまにサロンで流れたりすると、ドキッとしたりして。いつまでも心に残る大切な存在です」
兄弟バンド、ドニー&ジョー・エマーソンが1979年に発表した「Baby」をロサンゼルス出身のミュージシャン、アリエル・ピンクがカバー。サイケデリック・ファンクの名曲として、今もなお支持を集めている。
作るヘアスタイルの雰囲気や感性が人をつなぎ、カルチャーが広がっていくというのも美容師という仕事ならでは。辻さん自身もサロンに来られるお客さんとのつながりから、好きな音楽と出合うこともあるという。
「前にいろいろなご縁が重なって出会った子が、んoon(ふーん)のボーカルをしているJCさんで、彼女の声はもちろん内面の美しさに惹かれて彼女たちの曲を聴いたり、ライブに行ったりもしています。20代の頃はとにかく美容が大好きで、当時はそれ以外に目を向ける余裕があまりなかったけれど、最近になって少しずつ自分の視野も広がってきたのかな。こうやって美容を通して好きなものが増えていることが純粋に嬉しいです」
人間らしく生きるということ
公開から20年近く経った今もなお、ロードムービーの金字塔として多くの人々に愛される名作 『イントゥ・ザ・ワイルド』(2007年)。この作品はサロン名の由来にもなっているほど、辻さんにとって大きな存在となっている。
「アメリカの広大な自然や旅の途中で出合うさまざまなエピソードも、とにかく素敵。実話に基づいた話で、描かれている期間は短いけれど一つひとつの出合いが深くて、まっすぐに悔いの残らない生き方を貫く主人公が魅力的なんです」

監督/ショーン・ペン 出演/エミール・ハーシュ、マーシャ・ゲイ・ハーデン、ウィリアム・ハート
名優ショーン・ペンが、実話に基づくジョン・クラカワーのノンフィクション『荒野へ』をエミール・ハーシュ主演で映画化。恵まれた環境で育ちながらも、人生に不満を抱えていた青年がアメリカを横断。その果てにたどり着いたアラスカの荒野で死去するまでの心の軌跡を描く。
「サロンの名前は、劇中に出てくる第3章のタイトル『MANHOOD(人間らしさ)』から取りました。やっぱり人間は本質的であるべきだし、私も本物であることを意識して、常に上手くなりたいと思いながら仕事に取り組んでいるので、一つの軸として自分たちのお店にぴったりだなと思って。お店を立ち上げるタイミングで、私たちの心に強く響いた言葉として迷いなく付けました」

コロナ禍を期に彫金の技術を習得し、〈portray jewelry〉というジュエリーブランドをスタートさせた辻さん。サロンワークに育児、ジュエリー制作と常に多忙な日々を送っているが、今年からはさらに新たな挑戦もしていきたいと語る。
「ここ10年なかなかできていなかったのですが、今年からはまた積極的にアウトプットもしていきたいと思っています。今までは好きなものこそ自分のなかで大事にして、あまり表に出してこなかったのですが、みんなにいい影響を与えられそうなものはどんどん共有していきたい。外に出していくことで、もっといいものが自分にも入ってくると思うし、自分自身に飽きないように新しいことをたくさん取り入れて、アップデートを楽しみたいです」