MY CULTURE

#32 KAZUKI/アーティスト

Sep 17, 2024 / CULTURE

スタイルのある女性に聞く
愛しのカルチャーヒストリー

マイスタイルを謳歌する“INDEPENDENT GIRL”に、自身のアイデンティティに強い影響を与えられたカルチャーを紹介してもらう連載コンテンツ。今月は東京を拠点にアーティストやアートディレクターとして活躍するKAZUKIさんに、2004年公開のラブロマンス『きみに読む物語』、宇多田ヒカルのデビューシングル「time will tell」、さらに谷川俊太郎の詩集について話を聞いた。

PHOTO_Shunsuke Kondo
TEXT_Mikiko Ichitani
EDIT_Yoshio Horikawa (PERK)

PROFILE

KAZUKI

クリエイターに囲まれて育ち、物心ついた時から絵を描き始める。ニューヨークなどへの留学経験を経て独学でアートを学び、近年では音楽やファッション、ビューティ関連のアートワークを手がけ、カフェやホテルなどの空間へもアブストラクトなアート作品を提供している。独特で豊かな色彩感覚と、自由で大胆かつボーダレスな表現が最大の魅力。アートディレクターやスタイリストとしても活動の幅を広げている。
@kazukiyon
@artkazuki

あの時の私と、
今の私を照らすもの

愛の先に今がある、一生ものの感情を見つけて

 高校生の頃、カナダに留学していたKAZUKIさん。コンビニもスーパーもなく、あるのは大きな湖とDVDショップくらい。休日は散歩や映画を観て過ごしていたという彼女が、その時期に出合った映画『きみに読む物語(原題:THE NOTEBOOK)』は、語学の勉強も兼ねて何度も観返したお気に入りの一本なのだそう。
「初めてこの作品を観た時は、家族以外の愛や恋といった感情のスタートラインにも立ってないくらいの年齢で、自分の両親たちと重ね合わせ、彼らもまた恋を経て、愛を育てた先に今の私がいるんだと考えさせられたことを覚えています。ハッピーエンドの物語を本などで読んだことはあったけれど、映画を通して一つの人生のストーリーを見つめたことで、こういう恋や愛についてもっと知りたいなとすごく憧れました。この映画を観た影響から、自分の心が揺さぶられた瞬間を当時ノートに記すようになりました。新しい出会いや恋の予感、いいなと思ったことなど、一生ものの感情になるかもしれないと予感した瞬間や、誰にも言えない自分自身の内側にある気持ちを刻んでいました」

『きみに読む物語』
『メッセージ・イン・ア・ボトル』などで知られるニコラス・スパークスのベストセラーを、監督のニック・カサベテスが映画化。療養生活を送る老婦人の元に、足繁く通う老人がとある物語を読み聞かせる。それは1940年代のアメリカ南部の町で、良家の子女と地元の貧しい青年の間に生まれた純愛の物語だった——。
監督/ニック・カサベテス 出演/ライアン・ゴズリング、レイチェル・マクアダムス、ジェームズ・ガーナー、ジーナ・ローランズ 配給/ギャガ・ヒューマックス

「また、絵を描くことが大好きで、自分を解放してキャンバスに向き合うヒロインのアリーには、強い共感を覚えました。この作品に出合って20年近く経ちますが、絵について語り、絵と向き合うシーンが私を強く惹きつけたんだなとあらためて感じます。この映画も象徴的に湖が出てくるのですが、実際に私も子供の頃から湖の近くにある家族の家によく行っていて、今でも創作のために訪れるくらい。そういった自分自身の感覚や思い出とも深く結びついている作品です」

時間と向き合う私の良き理解者

 デビュー25周年を記念して、全国ツアーを開催した宇多田ヒカル。デビューとなった両A面シングルがリリースされた当時、まだ8歳だったKAZUKIさんにとって、パワープッシュされた「Automatic」よりも強く印象に残っていたのは「time will tell」だったのだそう。その魅力について、7月のさいたまスーパーアリーナでのライブに参加した時の感想を交えて語ってもらった。
「当時はよくわかっていなかったのですが、この楽曲の持つグルーヴ感が新鮮に感じられて大好きになったんだと思います。先日行ったライブでは、直感的にこの曲を歌ってくれるはずだと確信していて、実際に一曲目でイントロが流れた時には、嬉しさのあまりふと涙が溢れました。特に好きなのは『この長いRunwayから青空へTake off!/Time will tell 時間がたてばわかる/Cry だからそんなあせらなくたっていい』というパート。本当に時間って羽ばたいて、突然今の私の前に戻ってくることもあるから。そういった感覚について15歳という若さで詩にしていただなんて、本当にすごいですよね」 

「Automatic / time will tell」宇多田ヒカル 
1998年(平成10年)12月9日に発売された宇多田ヒカルのデビューシングル。この楽曲でダブルミリオンセールスを記録し、弱冠15歳にして一躍トップアーティストの仲間入りを果たした伝説的な一枚。 

「最近、よく時間について考えるんです。これまでの35年間、いろんな時間があったなかで刻まれる時間と刻まれない時間があって、全部同じ気持ちで向き合ってきたつもりなのに、どうしてあの瞬間だけが今も私のなかにあるんだろうとか。そうやって時間と向き合う時に、この曲が良き理解者になってくれるような気がしています」

心に眠るピュアさを引き出す詩の世界

 プライベートでは気の合う友人たちと集い、お酒を片手にお気に入りの詩を紹介し合ったり、自作の詩を読み上げたりという詩の会を不定期に開催しているKAZUKIさん。なかでも思い入れがあるのは、90歳を超えてもなお瑞々しい感情を紡ぎ続ける詩人・谷川俊太郎の言葉たちだ。
「谷川さんの魅力はやっぱり、そのピュアさ。大人になるにつれてそれぞれ向き合い方が変わってくるものだと思うけれど、私も谷川さんのように人間としてのピュアさを忘れずにずっと持っていたいと思うんです。どれだけ色が重なっていっても、心のなかに透明な部分は残していたい。谷川さんの詩は、短いものでもストレートに響くものが多くて、こういう感性を持って生きていたいと思い出させてくれます」

「自分の好きな詩を読み合う会を、友人たちと不定期にお酒を飲みながらやっています。買ってきた缶ビールやお惣菜を片手に、あえてラフな雰囲気を大切にしています。大人になればなるほど、お酒の力を借りないと自分の気持ちを詩にのせて詠むことが恥ずかしくなってしまうので。デザイナーや海にまつわる仕事をしている子、農家の子など、職業もバックボーンもさまざまな友人たちが集まるのですが、やはり農家の子の詩には毎日土に触れていないと出てこないようなモーションやワードが出てきたりと、その子が日々向き合っているものが題材になることが多いので面白いです。詩を通して友人たちの生きている時間に触れられる気がします」

『幸せについて』、『あたしとあなた』谷川俊太郎
詩人、翻訳家、絵本作家として、92歳となる現在まで第一線で活躍する谷川俊太郎の詩集。それぞれ2018年と2015年に刊行。“今”という日常のなかで見つめる幸せや疑問について瑞々しく表現されている。
発行元:ナナロク社

 最後に、今後の目標についても教えてもらった。
「先日、ニューヨークへの片道切符を買いました。ニューヨークは、20代前半の時に少しだけ住んでいたことがあるのですが、アートや街全体からたくさんの刺激を受けた記憶があります。当時はお金もなくて、1$のホットドッグをかじりながら、『もっとかっこよくなって帰ってくる』とケータイにメモした言葉が自分のなかでずっと残っていて、あれから12年が経った今、自分なりのかっこよさを表現したいなといろいろと構想を練っているところです。『time will tell』じゃないけれど、ニューヨークにいた自分とその後の自分っていうものは、どういうふうに表現できるんだろうとか、どうしたらその時間というものを愛せるんだろうと考えながら今を生きてるって感じです。人生でいちばんワクワクしたのは、ニューヨークでの時間だったから、そこにまた戻ることで、また何かが始まるんじゃないかなって思っています。昔は簡単に夢を言葉にできていたけれど、大人になるにつれてどんどん現実的になってしまうじゃないですか。でも、あえてもう一度言ってみるのもいいなって思って。これからの人生後半戦に向けて、そういう勇気をもらうための旅になるんじゃないかなと感じています」

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