cinecaのおいしい映画
Aug 30, 2022 / CULTURE
“砂糖の影が編む模様”
映画を題材にお菓子を制作する〈cineca〉の土谷未央による連載。 あなたはこのお菓子を見て、何の映画かわかる? 自分が知っていたはずの映画も、視点や考え方を少し変えるだけで全く違う楽しみ方ができる。それは、とてもアーティスティックで素敵な感性。
Photo_Shinsaku Yasujima
グミ、キャンディーなどの砂糖菓子を種類ごとにわけて入れたケースが、何十種類もひしめき合う。日本だと大きなショッピングモールとかに行くと見かけるやつ。好きなお菓子を好きな量だけ専用のスコップを使って袋に入れ、その袋の重さが値段を決めるのも楽しい。透明のケース越しに見るあざやかな色の重複は、姿勢よく座っていたり倒立していたり。小さき彼らに呼ばれた気がして、うっかり禁断のスコップを握った人はどれだけいるだろうか。この砂糖菓子の量り売りはスウェーデンではじまったものらしい。なんとも悪魔的な販売形態が引き金となり、スウェーデンは世界で最も砂糖を消費する国となった。
“二十世紀最大の巨匠”、“映像の魔術師”、“北欧映画界の至宝”。 数々の呼称で愛されるスウェーデンの偉大な映画監督イングマール・ ベルイマンの作品は、人生の哲学を連れてくる。言葉で説明するよりも確かな心的描写が心のひだに絡まり震わせる。形而上学的で難解な映画が多いと言われるが、中でも『野いちご』はベルイマンファンの一歩となりそうな、わかりやすく温かい作品だ。
「人付き合いとはそこにいないだれかの噂をし悪口を言うことだ。私はそれが嫌で友をもたなかった」という冒頭のイサクの独白により立ち込める厭世的な空気は、はたして自分の人生はそれで豊かだったのだろうか? という自問とともにスーッと抜けて、追想への旅がはじまる。
長年の功績から名誉博士号を授与されることとなった老医師イサク(ヴィクトル・シェストレム)は、授賞式当日の朝、シュールな描写の不吉な夢で目を覚ます。針のない刻の止まった時計、無人の馬車、潰れた顔の人物の転倒、そして自身が入れられた棺桶。自らの死を予告するような夢の知らせに、飛行機に乗ってルンドへ向かう予定を急遽変更し、現地へは車で行くことにする。
半日程度の小旅行。ふらりと立ち寄った生家では懐かしい顔との再会。三人の若者と不仲な夫婦という思いがけない旅の同行者も得て、 埃をかぶったイサクの記憶から、過去の情景が浮かび上がる。奪われた婚約者。心が離れた妻。子供は持ちたくないと考える息子。彼らの人生には自分の言動や生き様が爪痕を残し、与えた傷や痛みは、あきらかにこの老人の人生へかえってきていることも知る。
一見バラバラに見える偶然の出来事も含めて、この人生で起こったことのすべてが、何かしらのつながりを持ち関係しているのかもしれないと、イサクは悪夢という急激な死への接近をもって、新たな生を手にした。
散漫な光の下では気付けないことがある。強い光が射した途端ににょっきり顔を出す影。距離をとって歩いていたつもりでも、するすると伸びる影と影はつながっていたのだ。
見えない影の上に立つ人と人が、たまに光を浴びて影を伸ばす。 伸びた影と影がつながり模様を編み、立体的な景色となる。 人生って、もしかしたら、そんなものなのかもしれない。
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