PERK

MIO TSUCHIYA

『ミツバチのささやき』

December 27, 2021 / CULTURE

cinecaのおいしい映画
“浮かぶと思ったシーニュ”

映画を題材にお菓子を制作する〈cineca〉の土谷未央による連載。 あなたはこのお菓子を見て、何の映画かわかる? 自分が知っていたはずの映画も、視点や考え方を少し変えるだけで全く違う楽しみ方ができる。それは、とてもアーティスティックで素敵な感性。

PHOTO_Tomo Ishiwatari
EDIT_Hitomi Teraoka (PERK)

「共演したフランケンシュタインの怪物が本物の怪物だと思い込んでしまったアナ」という、有名なエピソードを持つ『ミツバチのささやき』。

 ある村に映画を積んだトラックがやって来た。本日の演目は世界一すごい映画『フランケンシュタイン』だと呼び込みがあり、上映時間の午後5時になると、村人たちが公民館にぞろぞろと集まってくる。その中にアナ(アナ・トレント)と姉のイザベル(イサベル・テリェリア)の姿もあった。

 少女が水面に花を浮かばせるのを見たフランケンシュタインの怪物は、少女も水に浮かぶと思い込み、彼女を湖に投げ込み溺死させてしまうが、最後には村人によって怪物自身も殺される。ショッキングな物語を目にし、アナは、なぜ殺したのか、なぜ殺されたのかという疑問をイザベルに問うと、「本当は怪物も少女も死んでいない。怪物は村はずれに隠れ住んでいる精霊で、目を閉じて『私はアナよ』と呼べば出てくる」とからかわれる。イザベルの言葉をすっかり信じたアナは、物語の中の怪物は本物の精霊なのだと思い込み、精霊が現れそうな村はずれの小屋に通うようになるのだ。

 怪物の存在を信じたとしたら、自分も殺されてしまうかもしれない、と考えるのが普通だろう。しかし、アナはその精霊が必ずしも殺されるに値する悪な存在だとは思っていない。怪物が善いものか悪いものかを決めるのはほかのだれでもなく、自分だと知っているように見える。

 『ミツバチのささやき』を観ると、もう何年も前に忘れたはずの子供時代のまなざしを取り戻すような感覚になる。あの頃は、目に映るものの多くが強い光を放ち、映像作品に描かれる虚構と現実の区別がつかなくなることもあったが、同時に、善と悪の取り扱いを決めることもできなかった。

 社会的に成長していくと、周囲に決められた善悪に知らず知らずのうちに自分も倣ってしまう。毒キノコは本当に悪なのか、怪物は本当に悪なのか。アナのように、突き付けられた事実への疑問を持つことは、世界を簡単には分断させない可能性があるようにも思える。

 この映画のスクリーンで光は闇を射るように映され、光に照らされるアナの表情には内なる予感が宿る。『フランケンシュタイン』のスクリーンを前に陶然とするアナ。イザベルが焚き火を飛び越える姿を前に、彼女を突き放すことを決めるアナ。静かな陽が射し込む小屋に隠れる脱走兵に、りんごを手渡す毅然としたアナ。月明かりがたよりの深夜の湖で念願のフランケンシュタインの怪物に出会い、「私はアナ」を伝えようと唇を震わせるアナ。どのアナも光源をまっすぐに見つめ、自分が信じた虚構を現実のものにしようとする確固たる意志も漂う。

 人間がつくり出した虚構には、何かしらの憧れが重ねられている。その憧れに自分の憧れを重ねてみたらどうなるだろうか、という好奇心をたびたび抱える。怪物を精霊と信じたアナのように、少女も花のように浮くと信じた怪物のように、まだ分別を持たない子供のような視点はときとして残酷になるが、自分の目で見たものだけを信じるというまなざしの鼓動は、子供時代を忘れた今でも失いたくないと思うのです。

元スペイン総統フランコの死の2年前に映画が完成。反フランコゲリラが初めて映画に登場し、彼の独裁体制により奪われた歴史的記憶の回復という画期的な貢献を果たした本作は、サン・セバスチャン国際映画祭でグランプリに相当する金の貝殻賞を受賞。それにより“スペイン内戦後のフランコ独裁時代を代表する作品”とも称される。
監督:ビクトル・エリセ
製作国:スペイン
DVD¥4,180、Blu-ray ¥5,280 / 発売元:アイ・ヴィー・シー
 
©2005 Video Mercury Films S.A.

PROFILE

土谷未央
菓子作家。東京都生まれ。多摩美術大学卒業。グラフィックデザインの職に就いた後製菓を学び、2012年に映画をきっかけに物語性のある菓子を制作するcineca(チネカ)を創始。2017年頃からは菓子制作にとどまらず、企画や菓子監修、アートワーク・執筆業なども数多く手がける。日常や風景の観察による気づきを菓子の世界に落とし込む手法を得意とする。菓子の新しいカタチ、価値の模索、提案を行う。
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