cinecaのおいしい映画
Jul 31, 2021 / CULTURE
“ホット・ブラッド・サンデー”
映画を題材にお菓子を制作する〈cineca〉の土谷未央による連載。 あなたはこのお菓子を見て、何の映画かわかる? 自分が知っていたはずの映画も、視点や考え方を少し変えるだけで全く違う楽しみ方ができる。それは、とてもアーティスティックで素敵な感性。
PHOTO_Yuko Saito
Re-Edit / PERK 2017 July Issue No.20
等身大のヒーローの味
わずか11歳のヒットガール(クロエ・モレッツ)の登場に世界が湧いた。あどけない容姿に似合わない戦闘力と、汚い言葉遣いもさまになる女の子が、ステレオタイプなヒーロー像をやすやすと超え、あっという間に観るものの心を奪っていく物語。かと思いきや、主人公は、スポーツも勉強も得意ではないし変わったところも特別な力もない、よくいるタイプの高校生デイブ(アーロン・テイラー=ジョンソン)だ。ヒーローには遠い存在のように思える彼だが、誰にも負けないくらい強いヒーローへの憧れを持っていて、普通の人間にもヒーローになり得るチャンスがあるという楽天性もある。
そうして、ネット通販で購入した緑色のダサいウエットスーツを全身に纏い、“キック・アス”という名前を掲げてヒーローごっこを始める。
私たちがよく目にするスーパーヒーローの多くは、地球人では及ばない特殊な能力や莫大な財産を持つ。弾丸を手で掴み、マントで空を飛び、ビルを持ち上げたり眼から熱線を放射することも可能な彼らは、そう簡単には倒れないし血を見ることもあまりない。“スーパーヒーロー=不滅”という絶対的な安心感を鑑賞者が抱えながらストーリーを追えるように創られた特別な存在だ。
それに比べて、ヒットガールとキック・アスは私たちの身の丈にあったヒーロー像に思える。両親の仇という想いを原動力に訓練を重ね、悪と闘うヒットガールと、暴力をただ傍観することはしたくないという気持ちの強さでヒーローごっこを始めたキックアス。彼らには一人の人間としての葛藤、戸惑い、嫉妬、失意、歓喜……といった生々しい感情があり、殴られればケガをするし撃たれれば死にもする。打ち負かす喜びや涙の失敗の背景には、血まみれで死が転がっているシチュエーションも味わはなくてはならない、当たり前にグロテスクな現実が待っている。
スーパーヒーローが褒美を欲しがる姿を観ることは少ない。彼らは颯爽と現れ、無償で奉仕し、また帰る場所へ去っていく。けれど、ヒットガールとキック・アスは、大衆に評価されることや、甘い味をかざされることで踏ん張ることができる普通の人間だ。その姿には人間的な体温が感じられる。
ある日、銃に撃たれる練習をするヒットガール。一発撃たれたときの衝撃は想像以上の痛みで、もうこれ以上撃たれるのは嫌だと思うが、あと2発打ったら帰るぞと言う父ビッグ・ダディ(ニコラス・ケイジ)に課した条件は、「これが終わったらホットファッジサンデーね!」だ。たとえ防弾チョッキを着ていたところで、その痛みにタダで耐えられるほどタフではない。頑張ったあとは(本当はいつだって)甘いものを食べたい11歳の女の子の素顔がのぞき、鑑賞者とヒーローの距離がぐっと近くなる大切なシーンである。
さて、ヒットガールがご褒美に食べたホットファッジサンデーはどんな味がしたのだろう。チョコレートソースとバニラアイスクリームが絡むなめらかな甘さのそのあとには、彼女だけが知っている特別に濃厚なあの味が、口いっぱいに広がるんだろうって想像する。
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