cinecaのおいしい映画

『突然炎のごとく』

Jul 30, 2022 / CULTURE

“マシュマロは燃えて花の影になる”

映画を題材にお菓子を制作する〈cineca〉の土谷未央による連載。 あなたはこのお菓子を見て、何の映画かわかる? 自分が知っていたはずの映画も、視点や考え方を少し変えるだけで全く違う楽しみ方ができる。それは、とてもアーティスティックで素敵な感性。

Photo_Shinsaku Yasujima

 トリュフォーの『突然炎のごとく』。男二人女一人の三角関係で白眉な映画だ。たいていは、嫌な奴の登場に崩れていく三角関係だが、ここに描かれる登場人物のだれもが感じがよい。 
 のちに作家となる文学青年ジュールとジムはパリで知り合い、真剣に話し合える無二の親友となる。二人は友人アルベールの家で見た写真の、女神像の静かな微笑みに心をとらえられ、石像があるアドリア海の島まで実物を見に行くほどだった。美術館に大切に飾られた彫像ではなく、青空を仰ぐむき出しの偶像に夢中になる二人は、ギリシア古典美への反逆児のようにも見える。
 草むらに佇む女神像の微笑みには野生のうつくしさがあり、こんな微笑みを持つ人に出会ったらついて行くだけだと語り合うジュールとジム。啓示に満たされパリに戻った少し後のこと、フランスからやって来たジュールの従姉妹カトリーヌ(ジャンヌ・モロー)に会うと、彼女の口やアゴや頬がつくる微笑みは、まさに島の女神像の化身のようであることに驚かされる。運命的な出会いに引き寄せられ、三人は遊びも食事も冒険もわかち合う関係へとなっていくのだ。
 燃やすとびっくりおいしいマシュマロ。キャンプのレクリエーションで、マシュマロファイヤーは定番だ。串にマシュマロを刺して炎にかざすだけの粗野で素朴なお菓子は、今日も飽きられずにどこかで燃やされている。起源は不明だが、ロマンチストがつくり出した名作だ。
 火のついたマシュマロの儚さに泣いた日もある。砂糖と空気をたっぷり含んだ軽くて白いそれは、目を離したすきに丸焦げになる。けれども、その切なさも相まったちょっと危険な遊びは、やっぱり中毒になりやすい。
  カトリーヌの生き方は徹底している。沸き立つような軽快な音楽に勢い付く奔放な足どりは、定まった時間の愛ほど虚しいものはないと語るように映る。カゴの中に留めておくことはできない鳥のように。生の泉のそばで、小さな炎を燃やしては消し、消しては燃やして生きる。 決して男に独占させない女。 
 いつ消えるかわからないし、いつ燃えるかわからない存在に翻弄されるも、危険な仲間ほど惹かれるものもないだろう。
 男が求めて女はためらい、女が素直になっても男がすねる。生をもてあそびすぎた大胆で淫らな三角関係は、ともに生きることも別れることも、どちらも諦める運命が待っていた。 
 ある日出かけた河岸で、カトリーヌはジムを車に乗せ、ジュールの視線を集めながら、壊れた橋に向かってぐんとスピードを上げた。まるで火のついたマシュマロのように。一瞬の甘美を求めて生の探求をまっとうした、素朴な気取りが花を咲かす。出会ってしまった三人は、知り合って、見失い、燃えて、別れて、また燃えて、消えゆく。小気味のいい奔放な炎は、こちらを向いてにこりと微笑み、静かな花となって荷を下ろした。なんとも余韻のない幕切れだ。

原作はアンリ=ピエール・ロシェ著『突然炎のごとく』。ロシェ73歳で初めての長編小説。老いて外出できなくなったことをきっかけに小説を書きはじめたらしい。「小説の言葉は、映像にはなりにくいが、捨てるにはあまりにうつくしいのでそのままナレーションにして映画全編に流すようにした」とトリュフォー自身も語るように、読む映像化への挑戦とも言える本作だ。
監督 / フランソワ・トリュフォー
製作国 / フランス

PROFILE

土谷未央
菓子作家。東京都生まれ。多摩美術大学卒業。グラフィックデザインの職に就いた後製菓を学び、2012年に映画をきっかけに物語性のある菓子を制作するcineca(チネカ)を創始。2017年頃からは菓子制作にとどまらず、企画や菓子監修、アートワーク・執筆業なども数多く手がける。日常や風景の観察による気づきを菓子の世界に落とし込む手法を得意とする。菓子の新しいカタチ、価値の模索、提案を行う。
http://cineca.si/
@cineca