cinecaのおいしい映画

『フランシス・ハ』

Apr 01, 2021 / CULTURE

“バウンシー・グミ”

映画を題材にお菓子を制作する〈cineca〉の土谷未央による連載。 あなたはこのお菓子を見て、何の映画かわかる? 自分が知っていたはずの映画も、視点や考え方を少し変えるだけで全く違う楽しみ方ができる。それは、とてもアーティスティックで素敵な感性。

 PHOTO_Haruka Shinzawa

Re-Edit / PERK 2018 May Issue No.25

心の張りが守るもの

四月。これまで積んできたものはとりあえず頭の片隅にしまって、新しい季節に跳ねたい気持ちを抱える時分。跳ねたいけれど少しの緊張を伴うその一歩に迷うと、私の中のフランシスがうずき出す。

2012年の映画『フランシス・ハ』は、レトロな音楽と心地良く緩やかな間のあるモノクロスクリーンの始まりに、ヌーヴェルヴァーグの世界へと連れていかれるが、丁寧に作り込まれた細部は、鮮やかな新しさを纏う。新しさが古さを殺すことないセンスの光る世界をみせられ、鑑賞者の私はずぶずぶと溺れそうになるけれど、さっと浮き輪を投げてくれる優しさもあるものだから、この物語について行くぞ!と一呼吸つき、落ち着きを取り戻すことができる。昔のすごい人が説いた「温故知新」という言葉。古きを学び、新しい解釈を得ようと説く言葉を指針にして楽しむときっと良い。そんな作品だ(わかりにくい)。

 主人公のフランシス(グレタ・ガーウィグ)は、未熟という言葉が良くも悪くも似合う27歳の女性。今の生活は、このままなんとなくずっと続くと信じていて、無自覚にファンタジーな世界に生きている。

ある日、恋人との破局や親友との同棲解消にフランシスの日常は揺さぶられ始める。その揺さぶりは、世間知らずで宙ぶらりんな彼女を浮き彫りにし、今までは見えなかった壁が現れ、走っても歩いてもぶつかり、転び、怪我をし、傷つくことを知らせる。ただしこの展開でも決して深刻にならないのが『フランシス・ハ』の肝。そうそう、ありがちな色恋に雪崩れ込むこともない。

 フランシスの弾力性はずば抜けて高い。バウンスして思いもよらない方向に跳ね飛ぶことはあっても、決して潰れたりはしない。その柔軟さゆえ、涙や絶望は無しに、女一人、ポップに生きることができる。それは、知るはずなのにあまり観たことがなかった世界で、私は思わず、ありがとうと涙した。フランシスは、映画の世界でこれまで多く作られてきた“女”という生きものとは明らかに違う生きものなのだ。

 映画と呼ばれる舞台では、ささやかな失敗や不幸でさえ、深刻さやドラマ性を持って演出したがる節があるけれど、未熟さや不運をカラっと笑い飛ばすことができるフランシスは誰よりもタフであろう。そうして、衝撃を恐れずに転がり続ける彼女の終着点をスクリーンの中に見つけることはできないが、できないからこそ、スクリーンに幕が降りて、席を立ち家路につくその道すがら、ポケットに入れた手指の先の方に心地よく張りのある何かがあたる。キュっと押せば押し返すそれは、フランシスの漂流物だろうか。彼女が跳ねたその先を知りたいという好奇心が一粒の勇気になってポケットの中にやってきたのかもしれない。結末がわからないのだったら、私が跳ねてみようと、フランシスの一欠片が、明日の私を一押ししてくれるような気がするのだ。

フランソワ・トリュフォーの『突然炎のごとく』『柔らかい肌』 、ジャン=リュック・ゴダールの『軽蔑』、レオス・ カラックスの『汚れた血』… たくさんの傑作が頭をよぎる上品な選曲に加え、デヴィッド・ボウイや T・レックスなどのロックも織りまぜた構成は音楽だけでも聴く価値がある作品へと着地させている。
監督/ノア・バームバック
脚本/ノア・バームバック
/グレタ・ガーウィグ 
製作国/アメリカ
発売元:新日本映画社
販売元:ポニーキャニオン

PROFILE

土谷未央
菓子作家/映画狂。東京都生まれ。多摩美術大学卒業。グラフィックデザイナーとしてデザイン事務所勤務後、製菓学校を経て2012年に映画をきっかけに物語性のある菓子を中心に制作する〈cineca(チネカ)〉を創める。手法として日常や風景の観察による気づきを菓子の世界に落とし込む。毎日映画を観ている。執筆業なども手がける。
http://cineca.si/
https://www.instagram.com/cineca/