cinecaのおいしい映画

『ファーゴ』

Jan 27, 2021 / CULTURE

“ホワイトベルベットケーキ”

映画を題材にお菓子を制作する〈cineca〉の土谷未央による連載。 あなたはこのお菓子を見て、何の映画かわかる? 自分が知っていたはずの映画も、視点や考え方を少し変えるだけで全く違う楽しみ方ができる。それは、とてもアーティスティックで素敵な感性。

PHOTO_Nahoko Suzuki

Re-Edit / PERK 2019 January Issue No.29

白いしあわせ

 音を吸い込むような雪にあこがれる。澄んだ空気に呼応するように心が静かに音を打ちはじめる気がするのは、目の前の白のせいだろうか。

 映画『ファーゴ』の見所はどこまでも広がる雪景色だと思っている。そして、その真っ白で一点の曇りのない美しい景色の裏には、積み上げてきた土地の厚みを感じると同時に、つくられた嘘っぽさも感じる。

 事件など起こりそうもない静かな田舎町で起きる(偽装)誘拐事件、かと思いきや殺人事件へと発展していく展開は、想像のひとつ上を軽々と超えるおもしろさがある。

 この映画にはとくに目立った主役はいないが、個性的なキャラクターが並ぶ。できなさそうな変な顔の殺し屋(スティーブ・ブシェミ)、切れると人を殺してしまう凶暴な男(ピーター・ストーメア)、殺人事件を担当するおなかが大きな妊婦の警官(フランシス・マクドーマンド)、売ることが苦手な自動車セールスマン(ウィリアム・H・メイシー)に、大物で大金持ちの父親(ハーヴ・プレスネル)など。揃いも揃ってあまりに不自然でチープな役の設定に、映画の冒頭で主張する「これは実話である(THIS IS A TRUE STORY.)」というナレーションへの不信感が強くなっていく。

 これでもかと大げさに血を流してどんどんと人が死んでいく様子は、おもちゃを眺めるような感覚が重なり、血の通いが見られない嘘のような人間劇。

 人間は、滑稽で、悲しくて、恐ろしくて、愉快で、楽しくて。オシャレに気取って清楚に見えたりするけれど、その下には溢れる血潮がある。血が通っている。

 何かをきっかけにして垣間見ることができる人間の〝血生臭さ〟は、良くも悪くも生きている証。そんな白と赤のコントラストを楽しんで生きていけたらいい。なんて思わせてくれるこの映画には、真っ白なティーシャツを着てカレーを食べるようなちょっと挑戦的な気持ちで臨みたいものだ。

2014年から放送が始まったアメリカのテレビドラマ「FARGO/ファーゴ」は、映画『ファーゴ』に着想を得て創作されたオリジナル作品。シーズンごとに設定や時代や配役の異なるアンソロジー形式なのもおもしろい。とはいえ、ぜひ映画を見てからの鑑賞をおすすめする。
監督/ジョエル・コーエン 
脚本/ジョエル・コーエン、
イーサン・コーエン 
製作国/アメリカ

PROFILE

土谷未央
菓子作家/映画狂。東京都生まれ。多摩美術大学卒業。グラフィックデザイナーとしてデザイン事務所勤務後、製菓学校を経て2012年に映画をきっかけに物語性のある菓子を中心に制作する〈cineca(チネカ)〉を創める。手法として日常や風景の観察による気づきを菓子の世界に落とし込む。毎日映画を観ている。執筆業なども手がける。
http://cineca.si/
https://www.instagram.com/cineca/