PERK

Mio Tsuchiya

『エターナル・サンシャイン』

June 14, 2021 / CULTURE

cinecaのおいしい映画
“記憶の生焼けクッキー”

映画を題材にお菓子を制作する〈cineca〉の土谷未央による連載。 あなたはこのお菓子を見て、何の映画かわかる? 自分が知っていたはずの映画も、視点や考え方を少し変えるだけで全く違う楽しみ方ができる。それは、とてもアーティスティックで素敵な感性。

PHOTO_Nahoko Suzuki

Re-Edit / PERK 2019 March Issue No.30

誰にも食べさせたくない記憶

 たいせつな愛や恋を失くしたとき、失った苦しみから逃れるために、彼や彼女や動物との思い出がみんななくなってしまえばいいのにと思ったことがある人はどれだけいるだろう。

 「バレンタインに思うこと、今日はグリーティング・カード会社が作った不愉快な祝日だ」というセンセーショナルなナレーションで始まる映画『エターナル・サンシャイン』は、今死んでもいいくらいに幸せ、なんて言ってしまうほど無二な時間を共有した一組のカップルが、別れのつらさに耐えきれず、お互いの記憶を消すというとんでもなく破天荒でロマンチックな物語だ。

 ある日、別れを諦めきれなかったジョエル(ジム・キャリー)はクレメンタイン(ケイト・ウィンスレット)とやり直そうと彼女の職場へ会いにいくが、彼女はなぜか素知らぬ顔。変に思って友人に相談すると、一枚の紙を見せられる。そこには「クレメンタイン・Kは記憶からジョエル・Bを消去」と書かれていた。ジョエルは“自分が彼女の記憶から消された”という事実と、“不幸な現実から抜け出したい”という彼女の思いに腹を立て、自身の人生からもクレメンタインを消そうと、記憶を消す手術を受けることにする。

 ところが、記憶の消去は思い出を辿る作業でもあった。感情や行動が行き違う寂しく険しい思い出もあるけれど、心を見せあったり、ふたりの未来について語った温かい思い出の数は想像よりもずっと多くて、消去の作業が進む途中、この記憶だけは手元に置いておきたいと願うことも。

 なんて浅はかなことをしてしまったのだろうと悔やみ、いよいよクレメンタインの記憶を手放したくなくなってしまったジョエルは、これ以上記憶を消されないように奮闘する。ベッドに横たわり深い眠りについているのと近い状態の中、現実世界での意識はないのだけれど、頭の中の意識の方ははっきりしている。記憶の中のジョエルはクレメンタインと一緒に消去作業から逃げに逃げ、記憶の消去手術は失敗、中途半端に記憶が消えたり残ったりの、つまりは記憶の生焼け状態になってしまうかと思われたが、腕のいい博士へ作業交代することで、最後にはクレメンタインにまつわる記憶がすべて消されてしまう。

 哲学者のニーチェは、「忘却はより良き前進を生む」と言った。つらい記憶を消してしまえば人生はすこしだけ簡単になるかもしれない。けれど、明るくない記憶を抱えていると不幸になり得るのだろうか?と、ジョエルとクレメンタインが語りかけてくる。記憶を消すという行為は、もしかしたらその記憶を抱えるよりもずっと耐え難い悲しみを伴うかもしれない。中途半端な気持ちで消そうとすれば、なんだか生焼けクッキーのような、ふにゃふにゃの記憶の残骸となってしまいそうだ。だとすればこの苦い記憶もカリっと焼きあげられるように、心のオーブンで一番おいしく焼き上がる時までは、扉を閉じておこうではないか。

時系列が少しわかりにくいこの映画はクレメンタイン(ケイト・ウィンスレット)の髪色に注目して観ると追いやすい。また、「エターナル・サンシャイン」の原題「Eternal Sunshine of the Spotless Mind」は“一点の汚れもなき心の永遠の陽光”という意味。18世紀の英国詩人アレキサンダー・ポープの詩「エロイーザからアベラードへ」の一節から引用したもの。
監督/ミシェル・ゴンドリー
脚本/チャーリー・カウフマン
製作国/アメリカ
価格/¥1,143(税抜)
発売・販売元/ギャガ
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PROFILE

土谷未央
菓子作家/映画狂。東京都生まれ。多摩美術大学卒業。グラフィックデザイナーとしてデザイン事務所勤務後、製菓学校を経て2012年に映画をきっかけに物語性のある菓子を中心に制作する〈cineca(チネカ)〉を創める。手法として日常や風景の観察による気づきを菓子の世界に落とし込む。毎日映画を観ている。執筆業なども手がける。
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https://www.instagram.com/cineca/