Luna’s Photo Essay
🇬🇧London COLUMN
Apr 02, 2026 / CULTURE
誰でも出合いる偶発的に生まれる幸せなできごとも、心に隙間がないと新しい感情や気づきを得られない。ロンドン在住のフォトグラファー、ライターの山田ルーナさんに、日常のワンシーンをシャッターに収めてもらった。日本では見ることのできない景色を届けてもらう、連載「Luna’s Photo Essay🇬🇧London COLUMN」。何度も読み返したくなる心を包むやさしい言葉と、写真から伝わる温かな情景をじっくりと感じてほしい。原点にスッと戻してくれる感覚を体感できるはず。
PHOTO&TEXT_Luna Yamada
EDIT_Mizumo Uehara(PERK)

PROFILE
山田ルーナ/フォトグラファー、ライター
@ymdluna
4歳から音楽の奥深さに触れ、大学生までクラシックピアノに傾倒。その後、趣味だったカメラの腕をストリートスナップで磨き、ポートレート撮影を中心に本格的に始動。“本当にやりたいこと”が見えてきた今、潔い方向転換を遂げ、2025年春からロンドンに拠点を移す。フォトグラファー、エッセイやコラムを中心に執筆を行うフリーランスライターとして活動している。


昼と夜の境を見つめながら、私や誰かの昼と夜が同時に存在するという事実について考えていた。つめたい夜を包むあたたかな昼があり、昼の賑やかさをほぐすやさしい夜がある。それらは同時にある。それはとても、奇跡みたいなことだ。


足音にはいくつかの種類があって、私たちは子供の頃から、それらを聴き分けることができる。好きな種類の足音は、軽やかな足音だ。あちこちから風に乗るように聴こえてきて、それが嬉しい私の足音もまた軽やかで、ああ春なんだな、なんて思った。


朝の光を浴びることがマイブーム。というと、ちょっとおかしいかもしれないけれど、朝の光を知っていると、昼の光も、夕方も光も、もっとずっと楽しめると思っている。午後のやわらかな光は、生クリームの白色みたいに、私のなかに溶けた。


おじいさんが突然立ち止まって、隙間をのぞき、じっと何かを見つめている。去ったあと私ものぞいてみると、私にとってはなんてことのない工事現場だった。人の興味は、それぞれである。おじいさんの見た工事現場は、私にとっての何なのだろう?


(左)いやいやと座り込む女の子を、羨ましいような気持ちで眺めた。大人になってから、いやだと言うことがほんのり怖い。でも、抵抗すべきことには、きちんといやと言わなくちゃ。何がいや?と、自分に問う。ちゃんと分かっている。
(右)窓の向こう側とこちら側。どちらがいいというわけではなく、どちらも選ぶことができる世界であったらなと思う。私は、窓から素敵な景色が見える部屋が好きだし、可愛い窓のついた建物を外から眺めることも好き。どちらも大切なこと。


旅先で見つけた、青い空の下の、ピンク色の手形。強い力で押し当てて、ここにその跡をつけたのだろう。それは何かへの小さな抵抗のしるしなのか。それともただ存在の証明なのか。自分の手のひらと、当たり前だけれどちがう。


雨にぼやける夜の街は、メガネを外して見る景色と似ている。私の好きな、きれいな景色。日常と非日常の狭間で、たっぷりとシロップを浸したスポンジプディングみたいに、光がじゅわっと染み込んでいく。だから雨の日も、よいお天気。

Essay #2
「ねえ、アーモンドが咲いてるよ」。そう写真を添えて、日本に住むパートナーにメッセージを送る。バスの窓から、白に近い淡いピンクの花が見えたのだ。おまけにその日は快晴。赤いロンドンバスと青空、そしてこの春の木は、道の向こうから見ればさぞかし愛らしい光景だろう。昨年の夏から秋にかけてこちらに滞在した彼から、「アーモンドは実際に見たかったなぁ」とすぐに悔しそうな返事が届く。それは彼が、ゴッホの『花咲くアーモンドの木の枝』を好きだからだ。青い空を背景に、豊かに伸びる木の枝が、満開の花をつけた様子を描いた絵。よろこびに満ちた、私も好きな作品だ。「そっちの空を背景に見るアーモンドは、やっぱり違うと思うんだよ」と彼は続ける。そこにしかない色があるよね、と。
春の景色を、ここにしかない色なのだと考えながら、改めて見る。そうして、日本の青空と桜の木を思う。どこにも、そこにしかない色があって、世界はそういう色に満ちている。さっきとは別の街が、窓の外を流れていた。バスは私を乗せて、カラフルな春を走ってゆく。

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