Her Inner Music

Sep 01, 2025 / CULTURE

彼女を奏でるオト・モノ・コト
#04 xiangyu

好奇心に導かれた彼女が歌う自由な音楽

当たり前の日常に隠されたユーモアを、誰よりも早く見つけ出す。異色の経歴を持ち、予測不能な言葉遊びでオーディエンスを惹きつけるアーティスト、xiangyu。彼女の音楽は、肩の力を抜いて、今この瞬間を楽しむことの大切さを教えてくれる。自分らしさを音楽で表現する“INDEPENDENT GIRL”なアーティストたちの、その創造の源泉を探る音楽連載。彼女が日常から紡ぎ出す、自由で遊び心溢れる音の世界を覗く。

PHOTO_Cho Ongo
EDIT&TEXT_Mizuki Kanno

PROFILE

xiangyu

シャンユー/2018年より活動を開始した女性ソロアーティスト。23年にはAmapianoやGqomを取り入れたEP「OTO-SHIMONO」、25年には七尾旅人、Kuro(TAMTAM) を迎えたアルバム『遠慮のかたまり』をリリース。映画主演や書籍出版、PERMINUTEと衣装企画“RIVERSIDE STORY”を展開し、多分野で活躍している。
@xiangyu_dayo

「“音楽”という選択肢がずっと頭の片隅にあった」

――xiangyuさんはもともと、アパレル業からミュージシャンになられた異色の経歴の持ち主と伺っています。何がきっかけで、ミュージシャンの道を選択されたんですか?

「高校生くらいの頃から、一人で服を作って展示するようなアーティスト活動をしていました。当時、ホームセンターにすごくハマっていて。同級生たちが放課後にディズニーランドに行ったりするなか、私が通っていた高校の近くにあった大きなホームセンターに、足繁く通っていました。もともとモノ作りが好きだったので、そこで売られているブルーシートや軍手で服を作って、それを着て、またホームセンターに行ってというインスタレーション的な活動をしていたんです。その服と映像を持ってデザインフェスタで展示をしていたことがきっかけで、今の事務所のマネージャーに『音楽やってみない?』って、急に声をかけられたんです。でもその時は服を作りたかったし、ちょうど文化服装学院に入学したタイミングだったので、音楽のことは考えられなくて。その後、文化を卒業してアウトドアの大手ブランドにパタンナーとして就職したものの、自分のクリエイションを世の中に発表する“アーティスト”として生きていきたいという思いは捨てられませんでした。でも、洋服を作るって結構孤独な作業で、この先ずっと一人で活動していくのは難しいかもと感じていたんです。そんななか高校生の頃に声をかけてくれたそのマネージャーが、6年もの間『最近何作ってるの?』とか、『音楽やる気になった?』って、定期的に連絡をくれていたこともあり、“音楽”という選択肢がずっと頭の片隅にあって。『せっかくの人生だし、一度やってみるか』と思って始めたのが、今の私がいるきっかけです。それが2018年でした」

――マネージャーさんとの出会いが、xiangyuさんの人生に大きな変化をもたらしたんですね。なぜ、服作りをしていたxiangyuさんに、音楽の道を勧めたのでしょうか?

「私もそれは一生の謎なんですけど、『歌が上手いとかそういうことは訓練でどうにでもなるから、とにかくアイデアが面白い人がよかった』みたいなことを言っていましたね」

――マネージャーさんも一目置いた、xiangyuさんの自由な発想力はどのように培われたものなのでしょうか?

「ラッキーなことに、子供の頃から自分の好奇心に対してNOと言う大人がいなかったんです。何かをやってみたいって言ったら、『じゃあ、どうすれば実現できる?』って一緒に考えてくれる人たちがずっと周りにいてくれた。それが今の自分の考え方に影響している気がします。あとは、いわゆる“失敗”がどういうことなのかわからないまま、この年齢まできてしまったので(笑)、とりあえず気になることはやってみよう、という気持ちでいられるのかもしれません」

――音楽での制作活動を始めてみて、服作りとの違いは感じますか?

「洋服を作っていた時は、自分の頭の中にあるものを、自分の手を動かして形にするからこそ自由で、世に出るまでのスピードも速いと思っていました。今の私はソロミュージシャンではありますが、自分一人では何もできません。『xiangyuプロジェクト』として、チームのみんなが一緒に考えてくれています。最初は、たくさんの人と関わって一つのものを作ることに煩わしさを感じたり、コミュニケーションに時間がかかる分、完成までに時間がかかるような感覚でいました。でも、自分には思いつかなかったようなアイデアが生まれたり、そこからさらに新しい発想が広がったり。それって、やっぱりチームでモノ作りをしているからなんですよね。だから、今自分が思っていることをすぐに届けられるのは音楽。洋服を作っていた時よりも、より自由に表現できている気がします。ただ、“余白”の作り方は私自身の課題だと感じています。自分が伝えたいことをきちんと⾔葉にしないと、聴き手に伝わらないんじゃないかと思い、ついつい説明が多くなってしまうんです。でも、本当は私が伝えたいことが100%伝わらなくてもよくて。受け取った人たちが、自由に解釈できるような作品を作りたいと思っています」

――新曲『とか言って(feat.Sawa Angstrom)』もxiangyuさんらしい、斬新だけど誰しもが共感できる楽曲ですよね。

「『とか言って』は、私の口癖です(笑)。会社員をしていた時、月曜日は『今週頑張るぞ』とやる気があって、火曜日は『まぁ、なんとかやれるか』くらいの気持ちで会社に向かって。水曜日になると、どうにもならないダルさが襲ってきて、『朝からサイゼに行って、好きなものを頼んで一人パーティしようかな、いや、家帰って録画したドラマ観まくるのもよしだな』みたいなことを考えていました(笑)。でも結局、そんなこと誰にも言えずに仕事に行くんですけどね。そんな思いを曲にしました。全部投げ出して楽しいことしたい、みたいな気持ちになったとしても、結局みんな与えられた仕事を頑張ってこなしているじゃないですか。そんな働く大人たちにも自分自身にも、『今日も頑張ろうね』って言ってあげたくてこの曲を書きました」

――すべての働く大人が共感する楽曲ですね。いつも制作はどのように進めていますか?

「私自身はトラックは作れないので、そこはできる方にお願いしています。ほかの部分に関しては、自分が好きだなぁと思った曲を聴き込んで、自分の中の引き出しを貯めるようにしていて。そうすると、自然と鼻歌レベルでもフローやメロディが出てくるようになるから。これは筋トレ的な感じで、ずっと続けていることの一つです。あとはファミレスや居酒屋、町中華とか、飲食店のメニューを眺めるのが大好きで。ポストに投函されたチラシも取っておいて、メニューの左端の文字だけを上から読んだり、特定の文字だけを拾ってみたり、いろいろな読み方をして言葉遊びをしています。自分的に“耳触りのいい”ことが重要で、テレビを流し見したり、看板に書かれている言葉をメモしたり。現代短歌の本も好きなので、それらを組み合わせてラップや歌詞を作ってみたり。かなりアナログな作業なので、とても時間がかかりますが、今のところ自分の中ではいちばんやりやすい方法です。新曲でも、一行目の『なんか足りない たのしいこと 今日もいつもの 電車乗るの やだ』というフローがパッと出てきて。このフローに近い言葉を、散歩やお風呂に入りながら探していました」

「肩の力を抜いて、何事も楽しむことができる自分でいたい」

――xiangyuさんにとってのターニングポイントは、やはり高校生の頃に声をかけられたマネージャーさんとの出会いですか?

「その誘いに乗っかった、という6年越しの出来事が一番のターニングポイントです。文化服装学院を卒業して、新卒で入ったアパレルの会社は風通しのいい、とても恵まれた環境だったんです。でも、私はもっとギリギリのラインに立たされないと頑張れない性格で。そのあと、過酷なコスチュームデザイナーのアシスタントになりました。音楽の道でデビューした時は、まだそこでアシスタント業を続けていて、2018年から21年くらいまで音楽活動と並行して働いていたんです。もうあれ以上過酷なことはないと思っていて(笑)、その経験があったから何でもできるって思います。アシスタント時代は、どれだけ頑張って作品を作っても、私の名前で世に出ることはなくて。もちろんアシスタントだから当然なんですが、そのデザイナーの名前で作品が世に出ていくことが悔しかったんです。また、一人で洋服を作り続けることはとても孤独で、『今後、今以上のアイデアが出てこないかもしれない』と不安になることもありました。でも、モノ作りは続けたい。だから、一緒にやろうって言ってくれている人がいるならもう一度自分を信じたいと思い、マネージャーの言葉に乗っかったという感じです」

――デビューされてから、これまででいちばん苦労したことや、それをどう乗り越えたか教えてください。

「いつも楽しいけど、いつも辛い、みたいな感覚が結構あるんです。私はライブをやりながら制作活動もしているので、常に自分の中で気持ちを整えながら活動しています。今日はすごく調子がよくて、アイデアもどんどん出てきて『天才かも!』とか思えるのに、次の日になったら『こんなこともできないんだ……』とかって落ち込んだりします。ライブのあとも、本番まではテンションをぐっと上げていくので、『今日以上の最高のパフォーマンスはなかった』って思うんです。でも、ライブが終わった瞬間から冷静になって、もっとこうできたんじゃないかとか、あそこのお客さんは踊ってなかったなとか、いろいろなことが気になって落ち込む瞬間が来る。そこからまた次のライブや制作に向けて、自分の気持ちを奮い立たせるのに時間がかかったり。ここ何年もずっとその繰り返しです。そんな時は、友達とたくさんくだらない話をすることが大事。一人だとスマホを見てしまうけど、友達と話していると嫌なことを忘れられるから、それで気持ちがリフレッシュします」

――アーティスト活動をするなかで、大切にしていることを教えてください。

「すべてにおいて、肩の力を抜いて楽しむこと。ライブだと特に、『今日はやってやるぜ』って思いすぎるところがあって。そうすると肩に力が入って、いらぬ緊張に繋がってしまったり。曲作りでもラフに楽しんで作ったら、見えていなかったものが見えたり、新しい発想が出てきたりするかもって思うことが結構あるんです。もちろん頑張ることも重要だけど、それよりも力を抜いて、まずは楽しむことができる自分でいた方がいいかもなって最近よく思います」

――今、計画していることはありますか?

「6月21日に、一日限定でオープンしたxiangyu特製リヤカーショップ『ENRYO SHOP』を、今度は全国を回ってやりたいなと思っています。音楽を始めていちばんよかったと思うのは、活動を通してさまざまな人とコミュニケーションを取れるようになったこと。それがいちばん楽しいんです。リヤカーショップを企画した時も、私のことを知ってる人も知らない人も関係なく、たくさんの人と話すきっかけになったので、あれを持って全国を回って、いろいろな場所でショップを展開したり、路上でライブをしたりして、直接皆さんと交流できたらいいなと思っています。今はまだ暑すぎるので、10月半ばくらいかな。これからも音楽活動を通して、つながりの輪を広げていきたいですね」

His Favorite Things

 Item

「去年、メルカリで買ったトイカメラ。撮った写真をその場で、レシート(感熱紙)にモノクロ写真が印刷できる優れもの。コロンとしたフォルムがとってもかわいい!」

「ライブの現場などに必ず持って行く、お守りのようなカバン。NAZEさんに描いてもらったイラストもかわいい! NAZEさんの作品が大好きで、NAZEさんも絵を描く時は、私の曲を聴いてくれているみたいで、仲よくさせてもらっています」

Book

「最近よく読んでいるのが、世界最高の音楽プロデューサー、リック・ルービンの著書『リック・ルービンの創作術』。音楽に限らず、モノ作りのヒントがたくさん綴られています」

Music

「おにぎり」SUSHIBOYS
「おにぎりの具材のことだけで、こんなにもかっこよくてクセになる曲が作れるのは、SUSHIBOYSさんしかいません。めっちゃくちゃ影響を受けています」

「新宝島」サカナクション
「説明不要の名曲ですよね。私は朝用のプレイリストがあって、その中に入っている一曲です。これを聴きながら靴をはいて玄関を出て、そのまま駅まで歩くと、なんだか今日一日がいい日になる気がして。自分の中のジンクスみたいな感じなので、いつもこれを聴きながら家を出ています」

「THERAPY」group_inou
「文化服装学院の卒業制作としてファッションショーをやるタイミングで、group_inouに『卒業制作のために曲を作ってくれませんか?』ってダメ元でメールを送ったことがあって。『それはできないオファーだけど、僕たちの曲なら何を使ってくれてもいいよ』って返事をくれたんです。その時に、この『THERAPY』を使わせていただいてファッションショーをやったんです。group_inouさんはマイヒーローです」

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