Mio Tsuchiya
Dec 28, 2020 / CULTURE
cinecaのおいしい映画
“詠うリンゴ飴”
映画を題材にお菓子を制作する〈cineca〉の土谷未央による連載。 あなたはこのお菓子を見て、何の映画かわかる? 自分が知っていたはずの映画も、視点や考え方を少し変えるだけで全く違う楽しみ方ができる。それは、とてもアーティスティックで素敵な感性。
PHOTO_Nahoko Suzuki EDIT_Hitomi Teraoka(PERK)
ずっと朗読というものに興味がなかった。なぜ人は朗読するのだろう。ひとりで静かに読書すればいいことなのに、わざわざ声に出す必要があるのだろうか。そう思っていたけれど、『読書する女』を観て、私の考えはなんて浅はかだったのか……と知ったものです。
『読書する女』は、主人公のコンスタンス(ミウ=ミウ)が『読書する女』という本を恋人に読み聞かせる物語。そして、『読書する女』という本は主人公マリーが自分の美声を活かしたいと、家へ訪問し本を読み聞かせる仕事をする物語。そのふたつの物語、コンスタンスとマリーの姿がだんだんと重なり、現実と本の世界の境目が曖昧になっていく。
そんな不思議な物語を前にして私は、誰かの声を通して語られる物語は、未だ知らぬ物語へ変身することを目の当たりにした。知っていたはずの物語も、読み手の感情や声質に飾られて、新しい物語となり聞き手へ届く。もしかしたら、読む人が生きている人生、経験や知識なんかも“声”へ影響するのかもしれない。そう考えると、活字の物語がもうひとつの物語を纏うということになる。それは……なんと贅沢な時間なんだろう。本の世界だけでなく、読み手の世界も少し織り交ぜられた「朗読」の楽しみは、一度体験したら病みつきになってしまうはずだ。
例えば、りんごとりんご飴のように、読書と朗読は似て非なるものと考える。りんご飴はりんごが薄い飴を一枚纏っただけのもの、なんて勘違いはいけない。その味わいはりんごとは大きく異なるものだから。くるくる回しながら高温の飴を絡ませる工程で、りんごは熱され果肉は甘味を増し、一口ほおばれば、飴のパリパリとした食感と瑞々しい果実のマリアージュにあっと驚かされる。もちろん、りんごはりんご単一でも美味しいが、ひと手間加わったりんごはまるで複数の風味が通うように味が躍動するのだ。
読書は1人で楽しむ世界であり、朗読は2人以上で楽しむ世界。1人の世界は守られるべき静謐な時間ではあるが、2人以上の少し賑やかな“関係”も生活の中に含ませていきたい。私の好きな物語を私が好きな声で読み上げてもらう、傍には滑るように艶やかなりんご飴を置いてあとは発酵した葉の香るお茶なんかも……。ああ、それほどに甘美な楽しみはほかには知らないでしょう。私はもうずっとずっと朗読の時間を欲している。
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