cinecaのおいしい映画

『君の名前で僕を呼んで』

Sep 30, 2020 / CULTURE

“ファースト・ラブ・ゼリー”

映画を題材にお菓子を制作する〈cineca〉の土谷未央による連載。 あなたはこのお菓子を見て、何の映画かわかる? 自分が知っていたはずの映画も、視点や考え方を少し変えるだけで全く違う楽しみ方ができる。それは、とてもアーティスティックで素敵な感性。

PHOTO_Nahoko Suzuki

Re-Edit / PERK 2019 September Issue No.33

はじめてを飾る

 決して失いたくない想いをどう抱えて生きていこう。あの日流した汗や涙を小さなボトルに入れてこっそりとしまっておいても、いつかは消えてなくなってしまうのだろうか。

 映画『君の名前で僕を呼んで』を観て〝はじめて〟の美しさに触れた。北イタリアの街を舞台に二人の男が想いを通わす物語だ。

 エリオ(ティモシー・シャラメ)はその夏、臆病者の自分に鞭を打つ。禁断の想いをはじめて言葉にしたのだ。相手は7つ年上のアメリカ人の学生オリヴァー(アーミー・ハマー)。出会いは突然だったが、恋はいつも気まぐれに訪ねてくるものだ。自分の気持ちに向き合い言葉を震わせる。震えが共鳴を起こせば音楽を奏で、すれ違いがあれば擦れる痛さを、重なり合えば温もりを知る。甘さも苦さも、自分という皮を1枚脱ぎ捨てる勇気に伴う、ひとつ新しい美しさだ。

 夏になるとますますゼリーが愛おしい。涼の美を求め、心や頭を満たすためにゼリーを食べる。まるで標本のように封じられ、いつまでもその存在を許すための特別な食べ物にも見える。人は皆、ゼリーの保存性に高い期待を抱いているかもしれない。アプリコットのゼリーも、さくらんぼのゼリーも、桃のゼリーも、冷蔵庫にしまっておきさえすれば、夏が終わっても、来年も再来年も、5年先も10年先もそのままそこに在ってくれる気がしてしまう。きっと間違いなく腐ってしまうのに。

 そう、時間が殺す何かは必ずあるのだから、確かに在った想いや出来事や痛みを、1日でも長く持っていたいという気持ちには素直に寄り添っていいはずだ。あたり前に記憶は薄くなっていくし心も鈍くなっていく、季節は変わり、肉体も変化する。忘れようとする必要なんてひとつもなく、むしろいちばん美しく見える場所に飾ってしまおう。とっておきのガラスの瓶に封じ、きらきらと光が注ぐ木の葉のもたれ掛かるあの窓辺に置いて、毎日眺めてみたところで足りることなんてないのだから。

今作の脚本を務めたジェームズ・アイヴォリーは『眺めのいい部屋』やカズオ・イシグロ原作の『日の名残り』などを監督したことで知られる監督&脚本家。『モーリス』でヴェネツィア映画祭の監督賞を受賞した巨匠で、現在91歳。
監督/ルカ・グァダニーノ
出演/ティモシー・シャラメ、
アーミー・ハマー、
脚色/ジェームズ・アイヴォリー
発売元/カルチュア・パブリッシャーズ
Blu-ray & DVD 好評発売中
©Frenesy, La Cinefacture

PROFILE

土谷未央
菓子作家/映画狂。東京都生まれ。多摩美術大学卒業。グラフィックデザイナーとしてデザイン事務所勤務後、製菓学校を経て2012年に映画をきっかけに物語性のある菓子を中心に制作する〈cineca(チネカ)〉を創める。手法として日常や風景の観察による気づきを菓子の世界に落とし込む。毎日映画を観ている。執筆業なども手がける。
http://cineca.si/
https://www.instagram.com/cineca/