MY CULTURE
Sep 30, 2025 / CULTURE
スタイルのある女性に聞く
愛しのカルチャーヒストリー


マイスタイルを謳歌する“INDEPENDENT GIRL”に、自身のアイデンティティに強い影響を与えられたカルチャーについて話を聞く連載コンテンツ。今回はスタイリストの石谷衣さんに、梨木香歩の小説『西の魔女が死んだ』、佐治晴夫の評論『14歳のための時間論』、都築響一の写真集『TOKYO STYLE』といった3冊の本に加え、国民的アニメのエンディングソングやディズニー&ピクサーによる長編アニメを教えてもらった。
PHOTO_Shunsuke Kondo
TEXT_Mizuki Kanno
EDIT_Yoshio Horikawa (PERK)

PROFILE
石谷 衣
2011年に多摩美術大学情報デザイン学科情報芸術(現メディア芸術)コースを卒業。翌12年11月より北澤“momo”寿志氏に師事。18年7月に独立。現在はテレビCMや動画作品を中心に活躍中。
@koromoishigaya
内なる感動が導く、私らしい仕事と生き方
「魔女」の教えが導いた自分らしさの源泉
「昔から『魔女の素質がある』と言われていたんです。幼い頃って、魔女って悪者のイメージがありましたが、生き方の一つ、人間の特性の一つなんだとこの本を読んで知りました。何かを感じるのが得意な人も魔女の一種なんですよね」
そう話す石谷さんが高校生の頃に初めて読んだという一冊は、学校に行けなくなった中学生の女の子が、“魔女”と呼ばれるおばあちゃんの元で過ごし、生きる力を取り戻していく物語。作中で描かれる魔女の修行は、朝起きて布団を片付ける、掃除をして清潔に保つといった、当たり前だけれど忘れてはいけないことばかり。これらが彼女の生き方の指針を作ったという。
「『大人になるってこういうことだよね』とか、『運命ってこういうことだよね』といった哲学的なことが、おばあちゃんの言葉の中にたくさん詰まっていて。これを読んで、こんなおばあちゃんになれるような、自由で自分らしい生き方をしたいと思ったんです。少し珍しい自分の名前がずっと好きじゃなかったけど、大人になるにつれて受け入れられるようになり、いっそ自分の名前を大事にできる仕事に就こうと思えたのもこの本のおかげ。服が好きだから、『衣』を活かせる仕事に就こうと思ってスタイリストを志したんです」
今でも生活が乱れたり道に迷ったりした時には、必ずこの本を読み返して心を落ち着かせているという石谷さん。
「私の人生とクロスすることの多い作品で、今回の企画を機にまた読み返してみましたが、読むタイミングや年齢によって、心に残るページが変わるんです。過去の日記を読むのと少し近い感覚なのかもしれません。『私、こうやって生きてきたなぁ』、『こういうことを思ったことあるな』と、昔の自分に出会えたり、そこからの成長も感じることができるんです」

『西の魔女が死んだ』梨木香歩
1994年に単行本、2001年に文庫本が発行された著者のデビュー作。中学に入学後、学校へ足が向かなくなった主人公のまいが、春から初夏へと移り変わるひと月ほどを、自らを“西の魔女”と呼ぶ祖母のもとで過ごした日々が描かれる。魔女になるための手ほどきを受けるまいだが、その修行の本質は何でも自分自身で決断するということだった。
「これから」が「これまで」を決める時間論
同じく、石谷さんがこれまでに何度も読み返してきたという『14歳のための時間論』は、彼女の師匠であるスタイリストの北澤“momo”寿志氏が、自身のラジオ番組に作者である佐治晴夫治さんを招いたことがきっかけで知った作品。
「師匠から『宇宙の不思議』という本をもらったことがきっかけで佐治さんの存在を知り、手に取った本です。物理学や時間論について書かれた本ですが、私にとっては生きる感覚について記された哲学書のようなものでした。スタイリストとして独立する直前の不安だった時に読んで、とても学びがあったんです。自分が選んだことが正しかったかどうかということは、今後の自分が何をするかでしか決まっていかないと。一生正解がわからないなかで、何かを選択することへの覚悟や責任をこの本から学んだと思います。付箋を貼っているんですけど、緑が一回目に読んだ時に心に残った言葉で、黄色が二回目。読むたびに原点に戻れるような気がします」

『14歳のための時間論』佐治晴夫
前著『14歳のための物理学』と同じく中学生以上の読者を想定し、科学の基礎的な発想をベースに“時間のふしぎ”について論じた一冊。20世紀以降のあらゆる分野に関連しているとされる相対性理論の前提や、多くの世代にとっての“生きている今”の真意を再確認できる一冊。石谷さんも物事の考え方に、かなりの影響を受けたと力説してくれた。
思考の原点にある「痕跡への眼差し」
学生時代、多摩美術大学の情報デザイン学科に在籍していた石谷さんの研究テーマは「見えないものを可視化する」こと。存在しないものの中に漂う痕跡から、時間の経過や過去に想いを巡らせるのが好きだと話す。
「目に見えないものが、ふとした瞬間に可視化されるのが好きなんです。慌ただしく生きていると気づかないけれど、ネイルが伸びているのを見て『確かに1ヶ月ほど経ってるな』と。目に見えないものが、目に見えるようになった瞬間にピンとくるんです」
誰も座っていないイスを目にした時に、「どんな人が座っていたんだろう」と思い巡らせるのもその一つ。そこから人の家に興味を持つようになり、友人の自宅を撮影していたところ、大学の先生から写真家・都築響一氏の『TOKYO STYLE』を紹介されたそう。
「この本に影響を受けて、大学でもっとも強烈だったクラブ棟を撮影した作品集を作りました。いろんな部室が乱立していて汚い場所だったんですが、人が力強く生きている気配が漂っていたんですよね。それを全部写真に撮って、課題として提出しました。ずっと遊んでいた4年間で、課題には全然真面目に取り組んでいなかったけれど、ここでできた友達や人とのつながりは宝物です。今も、仕事でもプライベートでも助けてくれています」


『TOKYO STYLE』都築響一
1993年に発行された著者の最初の写真集。出版当時の東京で暮らす市井の人たちの生活感とパーソナリティに溢れた居住空間がリアルな視点で切り取られ、今なおカルト的人気を誇る名著にしてコレクターズアイテム。2003年に文庫版、24年にバルセロナの出版社〈apartment〉から装丁を一新した新版が刊行されたが、石谷さんは初版を所有。
ピンチにきく、自身を鼓舞するお守りソング
30歳を目前に独立。スタイリストデビューを果たしたものの、そこからが本当の試練だったと振り返る石谷さん。
「辛いアシスタント時代を経て独立しましたが、せわしない日々を過ごすなかで気持ちが追いつかず、 自分自身を見失っていました。同時に、師匠が私がいっぱいいっぱいにならないようにコントロールしてくれていたことに気づいたんです」
依頼された仕事には100%、120%で返さなければならないプレッシャーから、追い詰められていた時に、アニメ『美少女戦士セーラームーンR』のエンディングテーマ「乙女のポリシー」を思い出した。それ以来、頑張らないといけない時は必ずこの曲を聴いて自身を鼓舞しているのだそう。
「高校の時に一緒にファッションショーをやっていた友達がいて、その子がよく歌っていたんです。当時、私が洋服をデザインして作る担当、その子はみんなに広めたり、宣伝用のビジュアルを作る担当だったんですけど、彼女は今プロデューサーをやっていて、私はスタイリストで。久々に会った時、『お互い高校の時と同じことをやってるね』って話になったんです。それで『乙女のポリシー』を改めて聴いてみたら、全部が私のことだと思って、涙が止まらなくなって。ピンチの時のおまじないのような曲です」
「乙女のポリシー」石田よう子
1993年から94年まで放送された『美少女戦士セーラームーンR』のエンディングテーマ。石谷さんは「どんなピンチのときも絶対あきらめない そうよそれがカレンな乙女のポシリー」から始まる歌詞にも感銘を受け、仕事が行き詰まった時などに自然とこの曲が脳内リフレインされては背中を押してくれるという。まさに彼女にとってのアンセム。
魂の感動が導いてくれた人生の転機
この最初の渡米での“人とのつながり”がきっかけとなり、スタイリストへの扉が開かれ、その後、北澤”momo”寿志氏のもとで、約6年にもおよぶ下積み時代を経て独立。多忙な日々のなかで疲弊していた頃、石谷さんは再びニューヨークを訪れることに。
「休みもなく心身ともに疲れ果てていた時に、思い切って長期休みを取ってニューヨークに逃亡したんです(笑)。12年ぶりだったので、すべてが変わっていて。空港を降りた瞬間から、目に入るものすべてが新鮮でした。初めて一人で海外に行ったので、例えば電車に乗る、お昼を買うといった日常の些細な行動一つひとつに『できてすごい!』という感動を覚え、すごく楽しかったんです。
このニューヨークからの帰国後、ピート・ドクター監督の映画『ソウルフル・ワールド』を観て、彼の地で感じた感動がそのまま映画の世界と重なったと話す。
「生まれる前の魂が誤って地上に降りてきてしまい、歩くことや食べること、すべてに感動しているのを見て、『わかる!』ってなったんです。映画の舞台が、私が泊まっていたホテルのすぐそばで。どんな些細なことにも感動を覚える生まれたての魂に、めちゃくちゃ共感しちゃって。そしてこの感覚は、ほかの国から日本に来た人たちが感じる感動と同じなんだと気づいたら、日本のことも、スタイリストという仕事も、全部新鮮な視点で見られるようになって。まだまだこのお仕事を頑張ろうという気持ちになりました」
ニューヨークでの経験とこの映画がすべてつながって、石谷さんは再びスタイリストとして立ち上がることができたという。
「いつか、旅行ではなく海外で生活してみたいですね。一ヶ月以上とか? その国で生活してみたいんです。また違った感覚に出合ってみたい」



『ソウルフル・ワールド』
ピクサー・アニメーション・スタジオのチーフクリエイティブオフィサーも務めるピート・ドクター監督が、人間が生まれる前の“ソウル(魂)”たちの世界を舞台に描いた長編アニメーション。NYの街でジャズミュージシャンを夢見る中学校の音楽教師ジョー・ガードナーは、念願叶って憧れのジャズクラブで演奏するチャンスを手に入れるが……。
ディズニープラスで配信中
© 2025 Disney/Pixar
