Her Inner Music
May 15, 2025 / CULTURE
彼女を奏でるオト・モノ・コト
#02 Julia Shortreed


飾らない彼女が歌うノスタルジックな音楽
華麗なモデルの世界と、深く静かな音楽の世界。二つの異なる魅力を持つJulia Shortreedは、心の奥底で鳴り続ける音楽への情熱と真っ直ぐに対峙してきた。私らしさを音楽で表現する“INDEPENDENT GIRL”なアーティストたちの、その創造の源を探る連載。数々の必然的な出会いを経て、彼女が紡ぐ音の世界を覗く。
PHOTO_Kaori Akita
EDIT&TEXT_Mizuki Kanno

PROFILE
Julia Shortreed
ジュリア・ショートリード/日本とカナダをルーツに持ち、東京を拠点に活動するSSW、サウンドアーティスト。アシッドフォーク、アンビエント、エレクトロを融合させ、ノスタルジックな音と声で独自の世界を紡ぎ出す。2018年に小林うてな、ermhoiと結成したユニットBlack Boboiで、これまでに 『Agate』『SILK』をリリース。ソロでは、21年1月に1st アルバム 『Violet Sun』を発表。映画への歌唱、楽曲提供のほか、cero荒内佑のソロアルバム『Sisei』に作詞、歌唱で参加。ベルリン在住アーティストRosa AnschützとのユニットQuantum Orangeとして、24年7月に1st EP『DIP-DYE』をリリース。同年8月、ベルリンのフェス「Pop-Kultur」に出演。音楽活動以外にモデルとしても活動し、表現の幅を広げている。
@juliashortreed
「不思議な巡り合わせによって、人生が導かれている」
――まずは、Juliaさんが初めて音楽に触れた時のことを教えてください。
「小学校の時にピアノを始めたのが最初かな。正直、その時は全然楽しいと思えなくて。でもそれがきっかけになったのか、一人で鼻歌をよく歌うようになって、親戚のおじさんが私の歌声を褒めてくれたんです。『Juliaはすごくいい声をしているね』って。その言葉が嬉しくて、歌うことが好きになりました。本格的に音楽にのめり込んだのは、高校生からですね。軽音楽部でバンドを組んで、ボーカルをやっていました。それまではJ-POPが好きで聴いていたんですけど、バンドで洋楽をコピーするようになり、いろいろ聴くようになりました。バンドでは好きな曲を交互にやろうと、ヴァン・ヘイレンの『パナマ』という激しいメタル曲をやったり、カーペンターズをやったりいろいろ歌いました(笑)。高校の同級生には、今でも一緒に音楽をするNABOWAというバンドのバイオリニスト、山本啓くんがいるんですが、共通の高校の友人が主催するヒップホップイベントに出演してほしいというオファーをもらって。ただオリジナルの曲しかダメと言われ、それまでコピーバンドしかやったことがなかったので、初めてオリジナル楽曲の制作に挑戦したんです。レコード屋に行きヒップホップのレコードの裏面に入っているインストのトラックに、自作の歌詞とメロディを乗せて歌うという今考えるとアウトな方法でなんとか制作して、イベントに出演していました(笑)。ただ、そのことがきっかけで『音楽をやっていきたい』と強く思うようになったんですよね」
――それがアーティストとしての最初のターニングポイントになったんですね。
「そうですね。その後、上京資金を貯めるために始めた宝石店での仕事が、意外にも性に合ったみたいで、すぐに副店長のお話をいただいたりして。そんな頃、友人に誘われて、初めてヘアーショーのモデルをすることになったんです。ランウェイを歩いている時、前に並ぶ審査員の中に、ふと目が合った女性がいて、その瞬間、なぜだか直感的に『この人と仕事をする』って思ったんです。何か運命的なものを感じたというか。後日、その方から連絡をいただいたのですが、モデル事務所のマネージャーさんで、そこからモデルのお仕事を始めることになって。もしあの時、ヘアーショーで彼女と出会っていなかったら、私は宝石店の副店長として、どこかにいたかもしれませんね(笑)。人生って、本当に不思議な巡り合わせでできているんだなぁと思います。それでもやっぱり音楽への想いを諦めきれず、24歳で東京に出てきました。当時はその年齢だと『もう遅い』と言われることも多かったのですが、どうしても一度チャレンジしてみたくて。あの時、上京する決断ができた自分を褒めてあげたいです」
――何事も諦めずに、まずは行動に移してみることが大切なんですね。
「本当にそう思います。『音楽がしたい』って言葉に出して言っていると、不思議とそういう巡り合わせがあるもので。上京後も素敵なご縁が続いて、少しずつ音楽の道を歩むことができました。同時に、誰かが作ったトラックではなく、自分がいいと思って作った曲で歌いたいという気持ちが強くなっていったんです。そんなタイミングで森山直太朗さんと出会って、たくさんの助言をいただきました。一緒にギターショップも回ってくれて、『ギターは音を聴いた時の直感で選んだ方がよい』という彼のアドバイス通り、これだ! と思った〈ギブソン〉の古いアコースティックギターを購入したんです。当時の私にとってはすごく高価な買い物でしたが、1年後にライブをすることを決めて、そのギターを相棒に本格的に曲作りをスタートさせました」

――Juliaさんはいつもどのように制作活動を行っていますか?
「日々の生活の中でふと感じた心の動きや、大切にしたいと思ったことを書き留めています。あとは尊敬するアーティストのライブを観に行った時に、その音楽に心を揺さぶられた瞬間の感情が、言葉としてふっと湧き上がってくることがあってメモに残したり。そうやって貯めていった断片的な言葉を、あとで見返しながら曲の物語の中に当てはめながら、作っていくことが多いです。制作の流れとしては、まずメロディやトラックなど曲全体の骨組みを先に作ってから、その世界観の中に自分自身が入った時に、何を感じるのか、どんな感情が湧き上がってくるのか。その内面の動きを大切にしながら、言葉を紡いでいくような感じです」
――その曲が描くストーリーによって、言葉の表現方法も変わってくるんですね。
「そうですね。だから、私にとって歌詞を“降ろす”作業がいちばん大変かもしれません。楽曲の世界観があって、無声映画のようにビジョンが先に出てくる時もあって、そこに自分の感情も存在していて、その世界の中ではどういう言葉で自分の感情を表現するのが適しているのか。そこでいつも悩んでしまいます。まるでこの世界とは別の次元にいるような感覚なので、楽曲と自分自身の距離感を大切にしつつ、でも今の自分の言葉で歌えるように。苦しみながら創作して、すべてのピースがぴったりハマった時には、涙が出てくる時もあります。『いい作品ができた!』って。泣いている自分に恥ずかしさも出てくるんですけどね(笑)」

「ありのままの自分で、自分にできることをやっていこうと思えたのも、
アイスランドでの経験があったから」
――アーティスト活動をしているなかで、印象的なエピソードはありますか?
「アイスランドでの制作期間が、自分の価値観を大きく変えてくれました。当時、モデルの仕事と並行して音楽活動をしていたので、『音楽だけに没頭しなきゃいけない』みたいな、変な焦燥感に駆られていたんです。そうしないといい音楽は生まれないんじゃないかって。だから、制作に没頭するためにアイスランドへ渡ったはずなのに、なぜか曲作りは思ったよりはかどらなくて。私にとって、人とのコミュニケーションや他者との出会いから生まれる感情が制作活動には重要だったんです。それはモデルの仕事であったり、音楽以外の場所での出会いだったり、それが私の創作の源泉だったことに気付かされました。音楽以外のことをする自分もいて、日々の生活のなかでさまざまなことを考え、感じるからこそ、アウトプットができる。自分にとって本当に大切なのは、音楽だけではなかったんですよね」
――他者とのコミュニケーションというインプットが、Juliaさんのインスピレーションの種を肥やしてくれているんですね。なぜ、制作の場をアイスランドにしたのですか?
「もともとイギリスの文化がすごく好きで、お金が貯まったらロンドンに一人旅に出かけていたんです。そんな話をライブで知り合ったアイスランド出身のミュージシャンにしたら、『じゃあ、今度アイスランドにもおいでよ。よかったら案内するから』って誘ってくれて。それがきっかけで、2、3ヶ月ほどアイスランドに滞在することになったんです。アイスランドは、言葉では言い尽くせないほど魅力的で、大好きな国になりました。多くの芸術家を輩出していて、生活のために仕事をしながらも、表現することへの純粋な喜びで創作活動を続けている国民が多いんです。その姿にとても感銘を受けました。『それでこそいいんだ』と、彼/彼女らの生き方を通して自信を持つことができたんです。ありのままの自分で、自分にできることをやっていこうと思えたのも、アイスランドでの経験があったからだと思います」

――Black Boboiのメンバーとしても活動されているJuliaさんにとって、グループ活動とソロとでの表現に違いはありますか?
「Black Boboiの2人との出会いも大きな転換期になりました。2人との共同作業は純粋に楽しくて、高校時代のバンド活動を思い出します。一人で曲を作っていると、どうしても自分の世界に閉じこもってしまいがちですが、2人と一緒に制作することで、『自分の考えだけがすべてじゃないんだ』とハッとさせられる瞬間がたくさんあるんです。それぞれの個性やアイデアがぶつかり合い、混ざり合うことで、自分だけでは決してたどり着けなかったような、新しい音楽が生まれることが楽しくて。みんなで一緒に何かを作り上げていくことって、自分自身の成長のためにも大切なことだなと思います。アイスランドでの自分自身と深く向き合う時間。そして、Black Boboiの2人との刺激的で創造的な共同作業。この2つの経験は、私にとってかけがえのないターニングポイントになったと思っています」

「“表現したい”という純粋な衝動を守り続けていきたい」
――“好き”を仕事として続けていくうえで、大切にしていることはありますか?
「好きな気持ちって本当にピュアなものだと思うんです。それを大切に守っていきたい気持ちはすごくあるんですけど、一方で、仕事としてお金をいただく以上、どうしても責任やプレッシャーも感じてしまいますよね。なので、どこかで楽しむ気持ちを忘れないことが大切だと思うんです。そのためには、『自分には無理かも』って思ってしまうことにも、思い切って一歩踏み出してみることが必要なのかもしれません。例えば誰かとのコラボレーションで、普段自分が作っている音楽とはまったく違うジャンルの楽曲に挑戦する時とか、本当にドキドキするんですけど、いざ飛び込んでみることで新しい発見があったり、自分の視野がぐっと広がったりするような気がするんです。それに、根底には『音楽をずっと続けていたい』という強い気持ちはあるんですけど、『絶対に音楽だけで生きていかなきゃ』とは、あまり思っていなくて。もちろん、できる限り音楽は続けていきたいけれど、それを自分にとって過度なプレッシャーにしたくないんです。もっと広い視野で、“表現する”ということ自体を一生続けていきたい。もし、音楽だけで生活していくことが難しくなってしまったとしても、ほかの仕事を選べばいい。それくらい気軽じゃないと息が詰まってしまいますよね」
――好きなことでお金を稼ぐことではなく、作り続けていくことが大切なんですね。
「“表現したい”という純粋な衝動を守り続ける。音楽はそのための大切な手段の一つで、焦らず、無理せず、自分が納得できるいい作品を作り続けて行きたいなと思います。そうすれば、きっと誰かに届くはず。そのためにも心の余裕だったり、心地よい環境を整えたりすることもすごく重要ですよね。あとはやっぱり、人との出会いって本当に宝物だと思うんです。振り返ってみると私の人生のターニングポイントには、いつも素敵な人との出会いがありました。小さな出会いの点と点が結びつくことで、いつか大きな絵が描けるような気がしていて。人生は、自分が思っている以上に何が起きるのかわからないので、流れに身を任せるというのも大事なことだと思っています。自分の夢や目指す未来を描き続けていれば、遠回りしてもきっとそこにたどり着けるはず。もしかしたらこの先、まったく新しい何かとの出会いだってあるかもしれない。いただける機会には感謝して、すべてに全力で向き合っていきたいと思っています」
Her Favorite Things
Item

「もう10年くらい生活を共にしているフィルムカメラです。アイスランドにも一緒に行って、そこで撮った写真とアイスランドで描いた絵と、音楽を掛け合わせた展示を行ったこともあって。昔から趣味で写真を撮ることが好きで、海外旅行に行った時にも、その瞬間をそのまま残せるような気がして、このカメラは絶対に持って行きます」
Book
『フラワー・オブ・ライフ ー古代神聖幾何学の秘密(第1巻)』ドランヴァロ・メルキゼデク
『生き方は星空が教えてくれる』木内鶴彦
「昔から精神世界のことを考えることが大好きで、もし音楽以外に何をしたいかと聞かれたら、精神世界探究家って答えるかもしれません(笑)。家事の隙間時間や移動時間はそういう本を読み漁り、探求しています。死後の世界や波動のこと、目に見えないこと、科学ではまだ説明できないような事象に対して強い興味があります。昔、不思議な体験をしたこともあり、子供の頃からそういうことを考えていましたね。いつか自分なりにそれらを解き明かして、多くの人と話せるようになりたいものです。これまでにたくさんの文献を読みましたが、特におすすめしたいのがこの2冊です」
Film
『メランコリア』
「静かで、美しく狂気的で、影響を受けた作品です」
『メッセージ』
「SF映画の中で好きな映画はたくさんあるけど、一定の時間が経ったらまた観たくなる映画」
Music
「ロンドンで活動しているヴァイオリニスト、コンポーザー。優しい歌声、浮遊する弦の音、電子音、バランスが好き」
「ジェシーの歌も言葉も、そしてバンドの演奏力もすべてがかっこいいバンド。ACE COOLとの最強コラボは、元気が欲しい時に聴きます」
「儚いメロディが繰り返されて幻想的な世界に落ちていく感覚。没入できる時間が好き」